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突然ふたりの雰囲気が変わった。
「お付き合いいただき感謝する。ガルベル准将」
「作戦の成功の為だ。協力は惜しまない」
表情はほぼ変わらないが、アイゼン艦長はすっと手袋を外して右手を前に差し出した。
「あなたのように話しがわかる方が、この地域の指揮官であったことを、神に感謝する」
同じように手袋を外したアンドリュー艦長は差し出された手を握り返して、硬く握手を結んだ。
なるほど、茶番か。
最初にアンドリュー艦長が言ったように、私は指名手配犯。黙っていればアンドリュー艦長の資質を疑われてしまう。
それを回避するために行われたのが、今の小芝居だ。
これで外交問題に発展しないために、他国へ逃げた私を放置した。という言い分にしておくわけだ。
まあ、アンドリュー艦長はキャリア組のエリートだ。そういう些末事にも気を回さないとならないだろう。
なるほどと納得していると、アンドリュー艦長と目が合う。
相変わらずの美丈夫だ。
恨み節のひとつでも聞かされると思い心の準備をひとつ。よし、どんな罵声でも来い。
「無事で何より」
「は?」
微笑を浮かべる彼に、私は思わず困惑した。だって、彼が私を心配する道理はない。むしろ死んでいてくれた方が好都合のはずだろう。
私の困惑なぞ知りもせず、アイゼン艦長は全員を艦橋の作戦司令室へと連れて行った。
地図盤の周囲に並ぶ。艦橋からは人払いをしてある。なにせ私がいるし、機密にあたる可能性がある。聞かせたく内容もあるだろうからだ。
とういうわけで、今いるのはアイゼン艦長とその部下2人。アンドリュー艦長と部下2人。最後に私と旅娘。
「それでは、作戦を説明する」
アイゼン艦長が宣言して、指揮杖を手に盤上を指した。
「作戦開始は2日後の夕刻」
「まってくれ。2日後は風止み夜だ。船は動かせん」
当然のようにアンドリュー艦長。その部下であるイケオジ2人も困惑を隠せない。
「その通りだ。なので、風が止む直前までに目的地へ進行。そして艦砲射撃による援護、その後白兵戦による強襲で敵を殲滅する」
「南大平野きっての知略家、アイゼン・フィン・ガルベル准将の策とは思えない運任せで、場当たり的な作戦だ……」
微かな怒気すらはらんでつぶやくアンドリュー艦長だが、それに言われた本人は特に気に留める様子もなく盤上に凸駒を置いて布陣を記していく。
「敵の船はおそらくここ。そして強奪した船舶を賊船に改修し隠している場所はここ」
次々地図に記されていく、今まで顔の見えてこなかった敵の全貌。
それにアンドリュー艦長は別の動揺を顕わにしていく。
「まってくれ。なんでそんなに敵の手の内を知っている。今まで尻尾所か影すら見当たらなかった相手なんだぞ!?」
身を乗り出した彼に、アイゼン艦長は欠片も感情を見せることなく、一度手を止めて盤上から目を上げた。
「詳しい事は、この者から話させるとしょう」
アイゼン艦長は身をわずかに横へ向けた。
そこで旅娘がご指名だ。
見るからに不機嫌。見るからに嫌々感。負の気配しか感じない、ふくれっ面で腕組みした旅娘。髪の毛を団子にして制帽に押し込んでいるから、顕わになったうなじが、少しなまめかしい。
「ずいぶん、偉そうに言ってくれるな。鉤鷲の兵隊さん」
「……すまないが、説明を頼む」
「はン」