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つんけんした雰囲気の旅娘が言い捨てた。腕組みし、唇を尖らせた彼女はやはり苛立たし気だ。
「なるほど。では次の候補を考えよう」
うむと頷くアイゼン艦長。おそらく副長と戦術長の2人が、じっと私たちを見た。感情は読めないが、おそらく値踏みしているのだろう。
この黄色い大地が続く世界を歩む、巨大な脚付き船は実のところ歩くのにいくつか条件がある。
その1、凹凸の激しい岩礁地帯は歩けない。
サスペンションがついているわけでもなんでないので、岩や起伏を乗り越える事ができない。
その2、砂流や砂に弱い。なにせ船体が重いので、足がひとたびはまり込むと自力での脱出が困難なのだ。
その3、無風になると動けない。この世界は常に風が吹き続けている。しかしある一定周期で風がぱたりと止む夜がある。
その日はすべての仕事を休むのが習わしだし、その夜は必ず船を港に着けるというのが決まりだ。地平線のど真ん中で風がなくなれば、1時間もしないで獣どもの餌食だ。
そうならないように港湾局の出発管理がある。必ず船が風止み夜になる前に次の港に寄港できるように予定を組む。
つまるところ、航路というのはそれほど多くない。
前時代の冒険家たちが発見し、国家が威信をかけて維持した航路。そこから外れる事は、そう簡単な事ではない。
船1隻が辛うじて通れるような細いもの、岩礁が激しく一瞬でも操船を間違えれば乗り上げて座礁してしまうようなもの、砂流のせいで航行速度を落として慎重に進まなければならないもの。既存の安全な航路があるのに、船を座礁させる危険を冒してまで新規開拓に励む者は、この世界ではまずいない。そこまで余裕のある者が殆ど居ないからだ。
この世界ではまだ長距離通信機なんて存在していない。精々が狼煙だが、木製の船の上では炎はご法度である。
しかし、だ。
「お前、何か知ってるんじゃないか?」
腕組みした私は、横目で旅娘を見やった。
ふくれっ面の彼女は、ふいとそっぽを向いた。これは何かを知っているようだ。
私は肩を竦めてため息を吐いた。そして彼女のうっかりすると手折ってしまいそうな腰を掴んで強引に引き寄せた。
「んな!」
「いいから。知ってる事があるなら言いな」
端正な顔が、私の眼前にある。一瞬虚を突かれたようになったが、すぐに朱がさした。
「な、だ、そ、その……」
しどろもどろになり、それから、
「わ、かった……」
「よし。それじゃ、書き込んで」
私は旅娘を離した。彼女はよろよろと制帽を目深にかぶりなおして、盤上の地図を指さした。
「ここ。この岩礁地帯と、この砂漠帯、2等戦列艦以上は通れないけど、曲がりくねった細道がいくつもある」
ほらやっぱり知っていた。
副長が興味深げに地図を眺め唸り声を漏らした。
「略奪した船を曳き込む事は可能なのだろうか?」
「できる。ガレオンとか、中級のだるま船なら引っ張っていけるし、岩礁の中には背の高い岩もあるから船をばらしたり改造する事もできる」
とんでもない事実だ。
3人の顔色が明らかに険しくなったのを見て、嘲笑するような笑みを浮かべる旅娘。もう一度羞恥刑が必要か?
「ならば岩礁地帯が第2の拠点である可能性は高いな」
「あの臆病小僧は、必ず見張りを出しているはずだから、船が近づけば必ず逃げる」
こことここに、必ず見張りを置く。といって旅娘は数か所の岩山を指した。岩礁地帯はタダでさえ1000×4000ほどの広大な地域だ。そこの端と端に物見がいるのなら厄介だ。
「多いな。それにそれぞれが離れすぎている」
「賊ってのは、光と煙で、5000メルテ離れてても意思疎通ができるもんさ」
なるほどな。投光器と狼煙を使うのか。
「奇襲は難しいだろうな。正面から行けば逃げられるだろう?」
アイゼン艦長のバリトンが先ほどよりも一音低くなった。状況としては手詰まりだ。場所が分かっているのに、手出しができない。
「それに、6日後は風止み夜だ」
盤上の地図に置かれた自艦の位置から、目的地まではおよそ2日半の距離。しかし補給や準備を考えると、到着はおよそ4日後。それなら一日置いてから奇襲するべきだが、それでもいい案がない。
「好都合じゃん。風止み夜に奇襲をかけれるべきだ」
にっと不敵な笑みを浮かべた旅娘は、いつかの獰猛な獣のようだった。
「風のない日は、誰もが手を止める。それはこの世界での決まり事だ。なら、そこを襲撃するのは強襲手段として正解だろう?」