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着替え終えて下の階へ降りた。
私はしっかり制服を着こみ、髪の毛は纏めて制帽の中に押し込んだ。元々着ていた服を割いてサラシを作って、体形は隠してある。
一方で旅娘は、今にも暴れ出しそうな程に不機嫌だ。ちょっとした事で爆発しかねない。
普段の気軽な恰好ではなく、折り目正しい軍服。髪の毛は私と同じように纏めて帽子に押し込んである。曰く髪は男をたぶらかすらしい。なので修道女は髪の毛を隠す。
「なかなか似合ってるじゃん」
「がるる」
私は皮肉でもなんでもなく純粋に褒めたのだが、旅娘は犬歯を剥いて威嚇してきた。あまり言及はしない方が良さそうだ。
彼女が不機嫌なのはやはり帝国の軍隊の制服という事と、”将校”の制服がすんなり着れた事も大きいだろう。
私は一部を修正したり、体を締め付けたりなんなりをしてやっと着れた。たぶん派手に動くとどこかしらがひどい事になる。
帝国に女性の将校はいない。軍規が乱れる為だ。女性は一部の憲兵や治安維持の部隊にのみ存在する。だから将校の制服は当然男物。それがなにも調整せずに着れた。彼女は別に男装をしているわけではない。女の旅人なら誰もがするような恰好だし、尊厳もあるだろう。
よって、それは彼女の尊厳を蹂躙するには十二分だった。今の彼女は非常に機嫌が悪い。
まあもとより気分屋で何を考えているのかよくわからん旅娘の事は放っておいて、話しを進めよう。
展望室は作戦司令室も兼ねた造りになっている。
周囲を隈なく展望するために、大きな窓が等間隔に並んでいる。さらに中央左右の壁には高価な測距儀がひとつずつ設置されている。
そして部屋の中央には大きな机があり、航路図が嵌め込まれている。
室内には私たちを抜きにすると監視員が3人、交信手が2人、アイゼン艦長と副長らしき人物が2人。当然この船が旗艦であるため、ここが艦隊司令部である。
「それでは、状況報告を始める」
机の前に並んだ帝国軍人3人と、その対面に私たち2人。
机の上の航路図は、ソローン諸島全体のものだ。そこにはこの帝国軍の警備艦隊の航路が書き込まれている。さらに警戒拠点や補給地点など、国家機密たりえる重要な情報が網羅されていた。おいおい、こんなもの見せていいのか?
ちらりとアイゼン艦長を見ると、厳めしい顔のまま盤面を睨んでいる。真面目と威厳が服を着たいかにもな帝国軍人だ。
「我々が聞き及んでいる、くだんの賊が出没した地点はこの4か所だ」
指揮杖というにはあまりに貧相な、管弦楽団の指揮棒にも似た細いそれで指示した地点。
警戒航路からは外れた、それほど交通量が多くない航路とその中継地点の港の近く。
賊に狙われやすい航路なのは、誰の眼にも明らかだ。
しかし狙われやすいからといって、護衛艦隊の航路を変えれば、今度は別の手薄になった所を狙われる。では第3艦隊のように艦隊を分散して広く警戒に当たればいいのでは? と思われるだろうが、そこは艦隊のジレンマだ。
艦隊というのは集団として行動した時に最大の戦力を発揮できるように構成されている。
砲弾や兵糧、補修部品や航行に必要な技術者など、ひとつの船に積み込むとそれぞれの量が非常に少なくなってしまう。なので船の数を増やし、それぞれに特化した積み荷をあてがう。
艦隊には必ず補給艦や医務艦が随伴する。そうしなければ長距離航行や長期戦に対応できなくなるのだ。
いわば艦隊というのは火力を上げる為に数を増やし、数を賄う為に能力を分散した構成を取っている。通常、艦隊を分散する事は非常に危険であり、損耗による切捨て以外ではありえない。
ではなぜ第3艦隊は分散したのか、というとあれは特例だ。負傷者が多すぎた事で、艦隊を構成する事が難しくなっていた。それに残した艦、暁の女王号の火力、戦闘継続力、遠洋航行能力が既存の船舶に比べてはるかに高い事が原因でもある。
なにせあの船は巨大だ。おそらくこの世界で1、2番目の巨艦なのだ。故に積載量がけた外れに多い。だからできた事なのだ。
さて話を戻す。つまりは手詰まりなのだ。艦隊という機動制限がある以上は、分散はできないし移動速度で単体の賊の船には追いつけないだろう。
そうなれば敵の動きを予想するしかなくなる。
「襲撃位置から、先ほど貴殿らがいた島が賊の拠点のひとつと目算立て向かっていたのだが、それは間違いないだろうか?」
「拠点だったのは間違いないかと思います」
「でも、あの臆病者はもうあそこには帰ってこない」