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地平線が続く世界で ~俺TUEEE、にはなりませんでした!~  作者: 夜桜月霞
1……『本日は晴天なり。しかし我が航路には暗雲立ち込めております』
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 今となっては私は追われる身。もはや戻る事はないだろう。


 こうなるとイチかバチかで帝国に行くのも悪くないのかもしれない。


 いや、上手くすればこの艦隊に住み込みで働くのもありだ。


「ここで働こう、なんて考えてる?」


 目ざといな。


 旅娘がジト目で私を睨んできている。


 肩を竦めて私は首を振った。


「悪くないとも思っているけど、現実的じゃない。どこかに居住するのは、叶わない」


 そうとも。私は世間一般的には魔女の部類だ。定住をすれば、必ず追いつかれて狩り立てられる定めにある。故に定住は生涯叶わないだろう。


「あんたの目的も、あるし」


 私がぽつりとつぶやくと、まだ納得していなさそうだった旅娘は、少しだけ嬉しそうに含み笑いを浮かべた。


「それなら、いい」


 こういう少しだけ素直な所がもっと前面に出てくれば、もう少し可愛げがあるのだが。


 ましてや、寝台に腰かけながら足をぱたぱたさせているから、仕草だけ見れば満点だ。


「失礼致します!」


 下の層と繋がる戸が声と共に打たれた。


「どうぞ」


「食事と、着替えをお持ちいたしました」


 戸がわずかに開いて船夫が1名はしごを登ってきた。


「もう用意ができたのですか?」


「食事は、我が船で支給される保存食です。服は予備の物から艦長が見繕ってまいりました」


 若い船夫は、決してこっちを見ようとはせず、恐る恐るという雰囲気で盆を差し出してきた。


 今の私は破廉恥極まりない恰好なので、旅娘を見て取りに行けよと目で訴えたが、それで通じるような相手ではない。わかっていたさ。


 私は彼からそれを受け取る。必死にこっちを見ないようにしている。耳まで真っ赤になっているあたり、いじらしくかわいらしい。こういう所があの娘にもあれば。


「ありがとう」


「あ、え、いいえ! 失礼します!」


 敬礼して大慌てで出て行く船夫。帝国の船だから、アイゼン艦長みたいなのがたくさんいると思っていたが、どうやらこの船も”ちゃんとした人間が乗っている”船のようだ。


 本当はにこりと営業向けの微笑を浮かべる所だったが、きっとそれはアイゼン艦長が思う所の”軍規が乱れる”行為に繋がるのでやめておいた。


 受け取った盆には食事と、着替えが載っている。私はひとまず盆を机に置いた。


 食事は水分がなくなるまでしっかり焼いた握り拳大のパンが4つ。塩漬け豚肉の腸詰、ようするにヴルストは4本。最後に瓶詰された蒸留水が4瓶。


 まずは飲み物だ。


 小島に放置され、しかも一度腕に切り込みを開けられて大量の血を失った。


 酒でいくらかおぎなったとはいえ、まだ全然足りない。


 瓶詰された蒸留水を一気に半分まで煽って飲み、机に置きなおした。


「貧相な食事だ。こんなのばかりじゃあ痩せるよ!」


 けっと毒づき、旅娘は文句をいいながらカチカチに硬いパンをナイフで割いて口に含んだ。


 このアマ。ナイフなんて隠し持ってるなら、さっきココーナの身を削った時に出してくれればいいのに。


「あー、硬いし臭い。それに酒もないんじゃ、ここと地獄の違いがあたしにはまるで見当がつかない!」


 文句ばかりだ。そこまで言うなら食わなければいい。


 旅娘の愚痴を聞き流しながら、私は自分の分をしっかりいただいた。正直に言えば決しておいしくはない。パンは水分がないし麦臭い。ヴルストは塩をかじっているのかと思うほどだ。しかし船旅では水も食料も非常に貴重だし、いくら予備を積んでいるとはいえ、それを分けて貰えたことにまず感謝をするべきだ。


 まあ、この娘には全く通じないだろうが。


 食事を終え、次は着替えだ。


 制服は二着用意されていた。私は当然だが、どうやら旅娘も替えを要求されているようだ。


 はいと渡すと、これ以上ないほど嫌な顔で、思いっきり表情を顰めた旅娘。


 私は着替えざるを得ないし、そこまで帝国の魔女狩り被害を体験していない。抵抗をそれほど感じないのだ。


 しかしこの変態の前で着替えるのも嫌なので、背中を向けてから服を脱いだ。


 帝国艦隊の士官制服は詰襟型の上着とスラックスだ。上着の下は長袖のシャツ。


 背中に視線を感じながらも、上半身に着ていた物を脱ぎ去る。そこで当然というか、予想通りというか、袖口に花柄の刺繍が入ったドレスシャツの腕が私の腰に巻き付いてきた。


「独占欲強いんじゃないのか?」


「そうだよー。おねぇさんの声、誰にも聞かせたくない」


 押し殺した声で、耳元でささやく。吐息が耳をくすぐる。


「じゃあ、なんの真似?」


「声を押し殺すおねぇさんを、見たくてたまらなくなった」


「ド変態」


「ふふ。そんなド変態を断れないおねぇさんがいけない」


 彼女の指先が、私の腹筋の筋をなぞった。な、なにも感じない。けど、私は咄嗟に手で口をふさいだ。


 何が面白いのか、忍び笑いをこぼしながら旅娘の手が徐々に上がっていく。うなじに何か柔らかい物が押し当てられる。火傷しそうなほど熱いのに、ひやりとする感触。濡れたそれが這いまわり、音を立てた。


「バカ……」


「バカで結構。大いにケッコー」


 本当にふざけた奴だ。さっきまであれほど怒り狂っていたのに、今は当てられたこっちが火傷しそうな程熱い吐息を漏らしている。


 私は息が少しも溢れないようにきつく口を塞いだ。それに気分を良くしたらしい旅娘は、私のを下からむんずと掴みいじり始める。


 どれほど経ったか、両方を散々いじり倒して、彼女の指がズボンの留帯に触れた。


「失礼。着替えが終わったら、下へ降りてきて欲しい」


 閉じられた戸から、アイゼン艦長の声が聞こえた。


 私はどんと旅娘を突き飛ばして、さっさと服を着替えた。


「次ちょっかい出して来たら! 左舷から突き落とすからなッ!」


 顔が熱い。むしろ側舷から飛び降りてここから消えたいのは、こっちの方だ。


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