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毒吐く旅娘は放っておいて、ひとまず新しい依頼人の為にも情報を整理するとしよう。
「ひとまずこの部屋を使ってくれ。着る物が必要だろう。持ってこさせる」
席を立ったアイゼン艦長は、私の横を抜けて下層に降りようとする。
「いや、待ってください。なんであなたが」
「この船の中で、ここが唯一隔絶されている」
「えっと、つまり?」
本来船上傭兵は、甲板の掘っ立て小屋が居場所だ。船内には基本的には入れてもらえない。それが暗黙の了解だし、常識だ。
そこでアイゼン艦長は振り向きざまに少しだけ困ったように眉根を寄せた。
「こういう言い方は、好ましくないのだが。貴殿は女だ。そしてこの船には男しかいない」
そこで私は今の自分の恰好を見て、天を仰ぎたくなった。いくら練度が高く規則が服を着ていると名高い帝国軍兵士といえど隔絶された船の上で、こんな破廉恥な恰好をした女がうろついていては軍規が乱れるというもの。それを気遣っての判断というわけだ。
「……お心遣いに感謝します」
「一旦失礼する」
言い残して艦長は下へ降りて行った。
参った。いらん気遣いをさせてしまった。
ため息を吐く私をしり目に、旅娘はどかっと寝台に腰を下ろした。
「鉤鷲はこれだから嫌いなんだ」
まだ腹の虫が収まらないようだ。苛立たし気に上等な布団をグーで殴っている。
「そう荒れるなよ。上手く船にも乗れた。それに、相手はお前の仇なのは変わらない」
結果は変わらない。過程が変わっただけだ。
まあ、帝国の艦隊にコネを持つのも悪くはない。なによりもう連合王国には戻れないだろうし。ここは次なる亡命先を決めておかなければだ。
故郷でIT企業に居た頃、私は一つの会社に長々居座っていたが、他の業界人はちょくちょく転職していた。IT業界の営業マンにとっては所属会社も、取引相手と同じで利益になるかならないかというだけであった。その為転職歴の多い営業マンは非常に多かった。
それと一緒だ。私には愛国心なんてものは欠片もない。有るのは私の生存本能のみ。
前世ではなぜか周りから膨大なタスクを押し付けられて常に多忙な毎日を送っていた。誰かの為、集団の為、こうすればもっと効率よく快適な生活が送れるはず。そう思っていたが為に自分が犠牲になっていた。
だからこそ私は、この世界では自分を優先させると決めた。国とか集団なんてのは、どうでもいい。だから単身での船上傭兵だし、今までもこれからもそのつもりだった。今はなにかくっついているが。
連合王国では結局王命という最強カードによって、行動を制限され財産を奪われた。古今東西どこでもこの世界でも、なりふり構わないチートカードを切ったら負けが確定だ。
つまりその国にもう用はない。さっさと逃げるべきだろう。
そして連合王国はすでにそのカードを切ってきた。なら次を探すべきだ。
帝国は確かに有力な国家だ。前世の世界の先進国家群に近い社会規範を持ち、合理的で理論的な国家。建前上は皇帝を元首にした帝政国家ではあるが、実際は貴族半分、平民半分で構成された全国民議会が国政を担っている。
と、ここまでいくと非常にまともに思えてくるが、帝政という事は当然軍(それとその治安維持組織である警察)は皇帝の直轄。つまり、皇帝が気に入らないなら、軍を動かせるという事。
先ほどから旅娘が不機嫌になっている理由。それは現皇帝が、前代皇帝に引き続き魔術師嫌いという事。かの国はかれこれ60年近く魔女狩りを行っている。さきほどアイゼン艦長が私の名前を聞かなかったのもそういう事。
私が帝国に喜んで入国しないのは、それが原因。
この世界はおおよそ魔女、魔術師に対して否定的だ。人口の大多数から信仰されている聖痕教会がそれを否定しているからというのが原因である。
それに対し、連合王国は形式的に国教を聖痕教としている。しかし王国ではなく、連合王国というのがポイントで、実は大元締めのヴィンザー・ブリティッシュ王国”は”聖痕教会の法王から戴冠されているが、連合国家である諸国家群はその限りではない。いまだに土着信仰もあるし、聖痕教会が邪教と指定した多神教信仰だっておこなっている国もある。
実は連合王国はそういった聖痕教会(魔女・魔術師狩り)から少数宗教を守っていたりもするから、私のような魔女(特殊能力持ち)からすると結構住みやすい環境ではあった。
だがそれも先月までの話。