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「貴殿の名を聞けば、私は貴殿を処分しなければならないだろう。それとこれを」
差し出された制服は当然巨大だし、私には全然サイズは合わない。しかしほぼ半裸の痴女スタイルは私もそろそろ辞めたいので、ありがたく借り受けた。
というか、この人私の正体知っている? なんでだ。
帝国は魔女や魔術の類を絶対に許さない。それが自然の摂理に反しているからだというのが、彼らの主張。旅娘はおそらくその類で嫌な思いでもしたのだろう。帝国国旗を見て露骨に嫌がっていた。それは今もだが。私の陰に隠れて威嚇するように唸り声をあげている。
私を誰だか知っていてここに連れて来たという事か。
席に座りなおしたアイゼン艦長は、机の上にソローン諸島の地図を広げた。
「このひと月の間で賊が当該地域に頻発している。木材輸送船や奴隷輸送船が主だった標的とされている」
「霧に隠れて現れ、略奪の後には跡形もなく消えてなくなるっていう奴ですかね?」
「そうだ。我が艦隊はその追跡と撃滅を目的としている。すでに連合王国の依頼でその追撃をしていると聞き及んでいる。我が艦隊にも、貴殿の力を借りたい」
「……今、なんとおっしゃった?」
さすがに帝国の軍人、絶対に幽霊船とは言わないようだが、その依頼は私が受けているのと同じ物だ。
まさかの二重委託だ。
でもそうなれば依頼料は二倍、いや連合王国からは依頼はあるが、お金の話は一切されていない。最悪あのどケチな連中は『依頼達成の功により、お前の刑罰を見逃してやる』とか言いかねない。金品は投獄された時に没収されているから、この依頼が終わったらまさに無一文が確定している。
つまりここは帝国からも請けておいた方がいいかもしれない。
「私からの依頼だ。貴殿の力を借りたい」
そういうと彼は机の上にきんちゃく袋を一つ取り出して置いた。
ずしっと重い存在感。
「依頼料だ。成功の折にはこの倍を支払う事を約束する」
私が恐る恐る中身を確認すると、聖痕教会が発行する共通金貨がぎっしりと、私の両拳を合わせたくらいの大きさの袋に詰まっていた。
「私が誰か分かってて、”約束”なんて口にしたわけですか?」
「もちろんだとも」
うむとしっかり頷いて見せたアイゼン艦長。表情は厳めしいまま崩れない。鉄壁の軍人だが、その彼が私に依頼とは、いささか違和感を覚えるのも事実。
「魔女狩り、魔術師弾劾の帝国の軍人さんが、ずいぶんな依頼だねぇ」
私に隠れたままの旅娘が挑発するように声を上げた。喧嘩売るなら私の後ろから出て来いよ。
「ブルストは職人に作らせるものだ。我々の常識で語れない事が起きている。ならばその解決には我々の常識の外で話をする貴殿らに依頼を出す方が理論的だ」
表情一つ変えないアイゼン艦長。
その言い様に、旅娘が怒りを覚えているようだ。私が羽織る彼の上着を握りしめている。その拳が震えていた。
「お前らはそうやって、いつも自分の都合のいいようにしかモノを言わない」
たぶんアイゼン艦長からは彼女の顔は見えない。だが彼女の辛辣な言い様は彼にも理解できただろう。おそらくアイゼン艦長は聡明で理解力ある人物である。ちょっとだけ印象を改めた。
「……我が祖国が行ってきた事を、盲信的に肯定しようとは考えていない。しかし、すべての行動に意味がある。合理性を重んじるのは帝国民の性分だ」
机の上で右の握りこぶしを左の握りこぶしで力強く握りしめる彼。表情は変わらないが、その言葉の奥底には、何か激しい物があるように感じ取れた。
私はため息を吐いてずっしりと重い袋を手に下げた。
「お互い思う事は多いようですが、いいですよ。私はあなたの依頼を請けます」
「ちょい!」
不満の声を漏らす旅娘は、私の脇腹を小突いてきた。これは不満をもっている時の表現方法なのだろう。
「感謝する。我々としても、今回の件で貴殿らと良好な関係を構築できるように善処する」
「なにが善処だ……」