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改めて考えよう。
私はぼろ布同然のロングシャツの裾を縛って前を隠しなおす。今の恰好はひどいもので、まるで着の身着のまま拉致された奴隷のようだ。服はボロボロで悪臭すら漂っている。
この世界が黄色い大地ではなく、塩水に満たされた星ならそのまま飛び込んで全部洗い流す所だが、残念ながらこの世界で水を手に入れようと思ったら、湧き水か、黄色い大地を1000メートル以上掘削して井戸を掘るしかない。
「狼煙でも焚こう。そんでいらんもんが集まっても、何とかする」
最悪トカゲをばらしてしばらくの食いぶちにしてもいい。
「狼煙って言ってもさぁ。燃やすの何もないじゃん?」
ドレスシャツのボタンを止めながら首を傾げた旅娘。私と違いこいつはさほど変化がない。なにせコートと帽子がないだけで、いつも通りだ。いや、スカーフだけは汚れているが。
私はまだ中身が入っているボトルを掴んでゆすって見せた。
「酒は飲むだけじゃない」
「……ッ!? 酒は飲み物! 飲んでこそ意味がある!」
旅娘は血相を変えてボトルを奪おうとするが、私はさっさと身をひるがえして避ける。そして自分の体重をポケットにしまってから跳んだ。
この島には少ないがヤシの木もどきが生えている。私はその果実をひとつもぎ取って地上に下りる。
「ココーナなんてどうするのさ?」
これが私の故郷の物と似通った性質を持っているなら、役に立つ。
私は落ちていた石で果実の皮をガシガシと削って繊維質を取り出していく。
取り出した繊維を集めて木の葉に乗せた。
「お前もやれ」
「えー」
不満がありそうな声を上げる旅娘に、茶色い果実を押し付けて渡す。私は自分の分をごりごりと削っていく。
2人でそれぞれの身が真っ白になるまで削り、小山になった皮の繊維を適当な木の根元にまとめておいた。
それから奴のスカーフを奪い取って、ボトルの口にねっじて押し込む。どうせ私の吐き出したもので汚れて使い物にならないのだから、最後に有効活用するとしよう。私の物じゃないが。
準備はできた。私は”ポケットの中”から溜めておいた静電気を取り出して、繊維質にした皮に一気に放電した。
バチッという痛々しい音を立てた静電気は皮に火を点け、予想通りメラメラ激しく燃え上がる。黒い煙を上げる炎は、瞬く間に火柱を高く上げてすぐ近くの樹木へ燃え移る。
やはりこの木は油分を多く含んでいたようだ。炎は瞬く間に燃え広がり巨大な松明へ変貌した。そこから少し火を取り、ボトルに押し込んだスカーフに着火する。
熱波から逃げるように巨大松明から離れて、手の中の簡易火炎瓶を隣の木に投げつけた。
巨大松明の熱気に当てられて燃えやすくなった異世界ヤシの木は、ちゃんと燃えてくれた。二本目からは自然的に燃え移って行き、10本もなかった木々は今やすべてが松明だ。
「本当にぼーぼー燃やしてるよ。これ、都会でやったら死刑になってんよ?」
黄色い大地と緑の丘の境界線まで下がった私たち。そこそこ後ろの巨大松明群を気にかけながら平野の彼方へ注視する。
これだけ派手な事をすれば、間違いなく平野の怪物が集まる。それとこの狼煙を見て集う連中もいるはずだ。そう願うばかり。
双眼鏡もないし、それに煙で視界も悪い。状況は良くないが、それでも少しでも先んじて動ける機会があるならそうするべきだ。
頭がくらくらするような照り返しの強い黄色い大地の彼方を、目の上に手でひさしを作って精一杯見据える。
「ねー」
不意に背後から絡みつく声と腕。ぐいと背中に密着する彼女の絶壁は、なんとも切なくなるが、今はこの万年発情期に構っている暇はない。
「うっさい。離れろ」
「折角ふたりっきりなんだかさぁ」
「それはこの先ずっとだろ。今だけじゃない」
「……ッ!?」
そこで息を飲む旅娘。腹部から上へ登ろうとした手がピクリと止まった。
「ずるいなぁ……」
何をするわけでもなく、私の肩にごりごりと顔をこすりつけて来た。猫か。
意味不明な旅娘は放っておいて、私は平野へ視線を向け続ける。