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栓が抜かれたボトルからは、熟成されたウイスキーの香りがした。
確かに喉は猛烈に乾いている。先ほどの出血量からすれば、貧血気味になっていてもおかしくない。というか当たり前だ。
ボトルをふんだくるとそれを一気に煽いだ。
「おお、良い飲みっぷりだね」
けらけら笑う彼女の手には、もう1本別のボトルがあった。
「どんだけあるんだよ」
「アイツら死んでるからね。酒も飯も食えないのさ。でも100年経ってもまだ執着してこうやって後生大事にため込んでるのさ」
侮蔑と嘲笑まじりに吐き捨てた旅娘は、ぐいとボトルを傾け、まるでミネラルウォーターを飲む様に中身を消費していく。
「それよりも、色々聞きたいんだけど」
先ほどからこいつの事の情報は整理されず手付かずで放置されたままだ。
混乱していたから洞窟での事は結構曖昧だが、今確実に100年前とかあのウジ虫男の事を知っているような口ぶりだった。
それにあの魔法。私から傷を奪い去り、さらには枷や牢を腐食させて破壊した魔法。
聖痕教会によって魔法や神秘術の類は徹底的に破壊されている。だから私がその知識に明るいわけではない。それでもあれは明らかに超常現象の類だ。尋常ならざる術と言っていい。
それを難なく行使して見せた。こいつこそが恐るべき魔女だ。
私がじっと睨みつけると、えへらと笑った。
「知りたがりには、対価を払ってもらおうかなぁ」
にやにやと楽しそうな笑い。
私は嘆息して、肩をすくめた。
「流儀だかなんか知らないけど、一人でやっても結局時間ばかり浪費するだけだろ」
ふざけて煙に巻こうとしているのだろう。知られたくないのか、それとも自分に深いれされたくないからなのかは知らないが。
ぐいとボトルを煽ってから、珍しく減らず口を叩かない旅娘をちらりと横目で見た。
珍しい、というか初めて見る顔をしていた。
沈痛というか、悲痛に近い表情。
「……どうせ真面目に話しても、誰も協力してくれないさ」
ぽつりとつぶやいた彼女は、ひどく哀愁漂う、まるで何十年も孤独に耐え半ば諦めている老婆のようでもあった。
私はため息を吐いて、彼女のデコを思いっきり指先で弾いた。必殺デコピン。
「アタッ!?」
ぐいと酒を飲んで、景気付け。たぶんこれから私はめっちゃくちゃ恥ずかしいセリフを吐くから酒の勢いを借りておく。
「バカ言ってんじゃない」
額を抑えた旅娘はやはり始めて見る戸惑いを浮かべていた。
「こちとら独り身で生き残って来たんだ。自分を助けるために、あんたに協力できないはずないだろ」
そうとも。それにこの娘っ子に何があっても、約20年間地球でオタクやってたんだ。地球のオタク文化を舐めるんじゃない!
「あんたが実は100歳のババァだろうが、実は不老不死の化け物でも、そんなもんなんだそんなもんかって鼻で笑ってやる」
そうとも。日本の創作業界では、そんなものありふれ過ぎてなんてことない。異世界転生したんだ、そんな程度でビビッていてたまるかというんだ。
散々クダをまいて最大級のドヤ顔を決め込んでやると、旅娘は目を驚いたように真ん丸にさせて、それから少しだけ唇を震わせた。
「ほ、本当に、鼻で、笑える?」
「私の故郷じゃ、そんもんありふれ過ぎて珍しくもない!」
クッソみたいなセリフは、ラノベの主人公みたいに格好つけられなかった。
それでもこの瞬間の彼女を、少しだけ可愛げがあると思ってしまった。