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私はため息を吐いて、肩をすくめた。
「交渉決裂で」
頭がかち割られたのは、私ではなく、相手。
突然潰れて割れた頭目の頭から、びゅっぴゅと鮮血が吹き出した。遅れてどっと崩れる死体。
「そんな力で振り落としてたのか。勘弁してほしいなぁ」
一応傭兵なんて物騒な仕事をしているが、これでも私は女であって、そこそこ顔には気を使っているつもりだ。顔は商売道具のひとつである。状況によっては顔や体を存分に使う事もある。色仕掛けは汚いって? それで生死がかかるんだ。善悪なんて語る余裕はない。
やれやれと首を振りながら、私はつま先で賊が持っていた剣を蹴り上げて拾った。
船に乗り込んできた賊は5人。1人は始末した。あと4人。さて、さっさとやろう。仕事は可及的速やかに。こと面倒事は真っ先に片付けるべきだ。
「あ、さっさと片付けるんで、ちょっとだけ待っててもらえますか?」
護衛対象に告げて、私は”残党”狩りを始めた。
まず2人目。これはすぐだ。なにせ頭目の隣にいたから。こちらもドワーフのような武男だったが、髭の下の顔はすでに弱り切っていた。あわてて手を振って無抵抗を示すが、残念。やると決めたら、変更は原則あり得ない。
「お、ま。ま」
「おつかれさまー」
振るった剣の先に、しまっておいた”質量”を添加する。質量が増した事で加速された切っ先は豆腐を切るように2人目の賊の肩口から脇腹までを真っ二つに割いた。割き切ると同時に剣の”質量”と”速度”を『ポケット』にしまいなおしておくのを忘れない。そうしないと剣の重さでこの船の甲板所かこの船を割ってしまう。
さて次、と振り返ると、そこにいた。背後から短剣を手に突っ込んできている。
まっすぐに突っ込んでくるものだから、私は慌てず騒がず身をひねって避け、3人目の男の肩に触れた。その瞬間、彼の動きが止まる。そして私はその隙に強盗の手首を掴んで遠くへ向かって投げ捨てた。
手に持っていた短剣の質量以外はなくなっているから、彼の体は甲板から放り投げられ、放物線を描いて、船の進行方向へ向かって飛んでいく。
「あ、ああああああああああ、ぁ」
ぐしゃと音を立てて、悲鳴が途切れた。船の歩脚に巻き込まれたのだろう。考えたくはないが間違いなくひき肉になったはずだ。南無。
さて、後2人。
これもすぐに見つけられた。血相を変えた2人は大慌てで乗ってきた小舟へ降りるはしごへ向かっている。
「まてまてまて。見たからには、生かしておけない!」
私が追いかけていくと、4人目の賊は自分たちが乗ってきた舟に飛び乗った時点で、それを急発進させた。まだはしごを降りていた残りの5人目の賊は急発進のせいで外れたはしごから振り落とされて、黄色い大地に叩きつけられて飛び散った。可哀そうに。
「仲間を見捨てて逃げるなんてひどい男だ。私はひどい男が、大っ嫌いなん、だッ!」
私は嘆息し、手に持っていた剣を投げつけた。
投げた剣に速度と質量を添加。音速の二倍まで加速した剣は、まっすぐ小舟に向かって飛んで行く。砲弾の直撃と聞き間違う轟音を立てて、小舟は四散した。
「これでおしまい」
終わった終わった。と軽く肩を回していると、茫然とこちらを見る護衛対象。
「これでもう大丈夫。安心してください」
安心と言ったら、今度は今まで以上の恐怖を目の当たりにしたという顔でこちらを見てきた行商の娘たち。手を取り合って怯える姿は、申し訳ないが加虐心を煽るのは間違いない。
それもそうだ。この世界で魔法使いはすでに根絶されて久しく、魔術は聖痕教会によって最大の禁忌として厳しく罰せられている。ともすれば私は人外の魔物か、卑しき魔女の類となる。それはつまり、邪悪である。捕縛される対象だ。民間人からすれば、恐怖の対象に他ならない。
いや、参った。こうなる事は想像していたが、いかんともしがたい。
「大丈夫、大丈夫。あと2日ですから。安心してください」
それではと言い残して、船首側の甲板上の小屋へ戻る。さっきまで同僚だった傭兵の男の死体と目が合った。残念ではあるが、今回初めて手を組んだ手合いだ。感情移入できるほど仲良くはない。
晴天の下、船の4本マストの縦型風車は、空を切る音を立てながら勢いよく回っている。この調子なら2日もしないで目的の町までつくかもしれない。