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どういう原理か、いや、きっと魔法の類だろう。
私を拘束していた枷は、旅娘が触ると瞬く間にさびて腐り落ちた。同じようにして、牢獄もあっさり脱した。とんでもない怪力なのかと思ったが、こんな手品があったとは。
とんでもない化け物だ。私はこいつに対する警戒心を新たにした。
牢を出ると、太陽が登りつつあるのが黄色い地平線の彼方に見えた。
それとここが全く知らない島であることも分かった。
「どこだ、ここ……」
島というが、この世界の常識である城塞化された島ではない。
黄色い大地にわずかに隆起した丘で、トカゲ除けの岸壁はない。丘自体も1周数100メートルもない小さな丘。林というか、ちょっとだけ生えた樹木と、わずかな下草。島の中央にさっきまでいた洞窟しかない場所だ。
「おい、これ、どうする?」
先ほど旅娘はあの男はすでに逃げたと言ったが、それは本当だったようだ。
すでに見る影もなく、見渡す限り何もない。
ここはいわゆる賊の隠れ家という奴だろう。
航路図に記載もなく、一般的な陸路からも大きく外れた場所にある、賊だけが知る秘密の隠れ家だ。
つまるところ、運よく他所の船がたまたま通りかかって助かるなんてことはない。
私は虚脱感にとらわれてその場に座り込んだ。
絶体絶命だ。
膝を抱き込んで頭を抱えた私は、ふとこっちの世界に来てからの17年間を振り返った。
連合王国の片田舎の農村地帯に転生し、ここで安穏に生き延びようと決意した。
運も良く聖痕教会の修道院があったため、文字を覚える為に4歳からそこに入り浸るようになった。品性のいい修道女たちにかわいがられて、文字を覚えた私は、前世から引き継いだ知識で色々と便利がられた。算術ができたのは幸いだ。
しかしあくる日、収穫した稲作を納屋に入れている時に、手間を惜しんで少しだけ力を使った。それがまずかった。
神童から魔女に降格し、悪魔の子として吊し上げられた。
溺愛されていると思っていたのに、急転直下で恐怖の対象となった。さらに運この世界では非常に珍しい嵐が、田舎の街に直撃した。それも魔女の災いとして、修道院は魔女裁判を決行する事になった。嵐の夜に外に貼り付けにする。生き残れば魔女の力があるとして処刑。死んだら魔女の疑いは晴れて埋葬される。つまりどっちにしろ死ぬ。
しかし運は尽きていなかったらしく、母はこっそりと私を樽に詰めて、嵐から逃げて来ていた商船の荷物の中に紛れ込ませた。
無事に故郷を脱出できた私は、その商船で便利な算術要員という好条件を手に入れて12歳になるまで働いた。
その商船のお抱えだった船上傭兵と仲良くなり、さらにあらゆる知見を広められたのだが、今度は賊に襲撃された。
賊の鉄則として、まず傭兵は真っ先に殺される。戦力を失った商船は瞬く間に地獄絵図となり、雇用主を裏切った船夫たちは賊と一緒に略奪し、主人の妻と子供を犯し尽くした。
かくいう私も身の危機が迫り、止む無く力を振るい船夫も賊も撃退。近くを通りかかった連合王国の艦隊に助けられ事なきを得た。
そしてその後はご存知の通り船上傭兵として生計を立てる事になる。これは単純に商船を買うお金がなかった事と、後継人のいない小娘は娼婦か傭兵以外の仕事がなかったためだ。
そうこうしている内に時は経ち今に至るわけだが……。
「せっかく誰も来ないし、もう一戦……」
色欲の権化と言わんばかりのド変態が、私に絡み付き首筋に顔を埋めてくる。
「だーー! うるさいバカ!」
私は旅娘の顔を押して払いのけ、立ち上がる。
とにかくここにいては、遠からず未来の内に飢え死にする。飢え死にしなくても間違いなくトカゲのエサだ。
それは避けたい。何とかここから脱出する方法を考えよう。
① 歩いて脱出。
黄色い大地は言っても大地だ。
歩いて渡れない事はない。渡れない事はないが、できるわけではない。そもそもそんな事ができるなら、全高10メートル以上にもなる巨大な脚付き陸上艦艇なんて発達しない。馬車で十分だ。つまり却下。
② 待ってみる。
もしかしたら近くを船が通り過ぎるかもしれない。はい、あり得ない。
③ もうここで生活する。
……ないな。
帽子もマントもないから、まぶしい日差しを遮るものは何もない。
日は昇り始めて、肌を焼く強烈な熱波が目覚め始めている。
せめて涼しい所とヤシに似た木の陰に入る。
状況は至って絶望的。
「まぁ、そう気落ちしないでさぁ。2人っきりなんだから、楽しくやろうぜ?」
そう言って旅娘は私の隣に座って、薄汚れたボトルを差し出してきた。
「これは?」
「洞窟の奥にあった」