44
「おい、臆病者のあおたん坊や。お前、そっちは関係ないだろ」
「いや、大ありだね。この女はお前のお気に入りだ」
こっちは冷や汗だらだら。一応いつでも”奪える”ようにと思っていたが、なんだか、触れている気がしない。触れていないと、”奪えない”。恐怖が、確実に私の首筋をなぞっていく。
「女を弄んで、カギを出させようってんなら、無駄さ」
「無駄でも結構。お前がそこでテメェの女を俺におもちゃにされて、歯噛みしてるのを見れるんだからな」
いや待て、ふざけんな。色々おかしいだろってか、まて本当に事情がまるで追いつけていないから、頼むから待ってくれ。
私の気持ちなどつゆ知らず、ククリの切っ先は私のシャツを切り裂いて上半身をさらけ出させた。今更羞恥心云々に心をざわつかせることはないが、それでも不愉快には変わりない。
旅娘を縛る鎖ががしゃんと音を立てた。
「はン! 相変わらずの色狂いだ! 女のパイオツがそんなに好みなら、テメェの粗末なモノでも揉みしだいてやがれ!」
唾棄するように男が言い捨てた。
今更だがひげ面でがたいはでかい。それこそ腕は丸太のようだし、片手で私の首を握りつぶせそうだ。ククリとも思っていたが、普通にツーハンドソードくらいの大きさがある。男がデカすぎて縮尺間違えてた。
「まあ、俺が”生きてりゃ”俺のものでひーひー言わせて見せてやったんだがな。この体じゃ、そうもいかねぇ」
……マジかよ。
内容も大概最悪だったが、松明に照らされた男の顔を見て、私は生理的な嫌悪で背筋がむずがゆくなった。というか無様にも悲鳴を上げていた。
腐っているのだ。
生乾きのミイラが、蟲に貪り食われる。男の皮膚は表面にびっしりとウジがわき、ぶちぶちと音を立てて食いちぎっている。しかし噛みちぎられると同時に再生を繰り返し、それをまた他のウジが食いちぎる。永遠に貪り食われて、再生を繰り返しているのだ。
恐怖が全身を駆け巡る。生理的というより、もはや生物的に恐怖でしかなかった。
「どうだ? 気持ち悪いだろう。100年虫どもに食いちぎられ続ける苦痛が、お前にはわからんだろう?」
「あたしを裏切って、船と船員を奪ったんだ。程度としちゃ優しいくらいだ」
男は私の背後に回り込み、椅子の位置を旅娘によく見えるように動かした。そして私の胸を鷲掴みにして力任せに揉みしだく。痛みと不快感がそろそろ限界突破しそうだ。
「い、った……ひっ!」
男の手からウジが私の肌に移動を始めた。どうしようもない不快感が全身を駆け巡る。
「残念だな。でもまあ、生きたままパイオツを虫に食いちぎられて、狂い死ぬ女を見るのは、なかなか気持ちがいい。この体になってよぉくわかったぜ」
「理解できないな。さすが虫だよ」
お願いだから挑発しないで欲しい。それで被害に合うのは私だ。
男の言う事が本当なら、私はこれから生きたまま虫に食われて、ここで死ぬ。そんな死に方最悪を超えている。どんな拷問より辛い。まして私は虫が好きじゃない。今すぐゴキジェットをこの出来損ないミイラ男にぶっかけてしまいたい。
そこで男は突然私の右腕の拘束を解くと、力任せに横に伸ばさせた。下手に力を入れられたら握りつぶされてしまいそうだから大人しくしている。
「まずは腕だ」
は?