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地平線が続く世界で ~俺TUEEE、にはなりませんでした!~  作者: 夜桜月霞
1……『本日は晴天なり。しかし我が航路には暗雲立ち込めております』
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 仕方ないから受け取って、閉じた窓枠に腰を預けた私は、グラスに口を付けた。記憶の物と比べるのはあんまりだが、この世界の蒸留技術はまだ甘い。雑味が多くコクが薄い。発酵用の樽の臭いを強烈に感じるのは存外嫌いじゃないが、まだ粗削りな部分は目立つ。


「まあ、いいか……」


 ベッドに座った旅娘は、さすがに帽子もコートも脱いでいた。


 袖が大きなドレスシャツと、ワイドパンツ。襟は中々しゃれたスカーフとコガネムシのカメオが目立つ。改めて見ると身なりはいい。


「お、なにかな。ちょっといい雰囲気じゃん?」


 にっと笑みを浮かべた旅娘の顔は、安い獣油灯に照らされているせいもあり少しだけ色っぽく見えた。私まで酔って来たのか?


「バカらしい……」


 テンションのおかしい奴は放置して、私は今日聞いた事と今日までの出来事を整理する。


 おかしい点はいくつもある。


 賊の襲撃と幽霊船の出没が重なっている。


 ロタでの出来事は偶然と片付ける事は、少々乱暴でもできなくない。しかしこの地域では何度もそれが起きている。


 それを怪しいと思わないのは、愚かだ。


 しかしそんな事ができるのか。幽霊船と賊が同時に動いている。


 私はもう1度グラスの中身を飲み、理解しがたい現象に眉根を寄せた。


 いや、そもそもこの世界には魔法が、魔術という物が絶滅しかけではあるが存在しているのだ。それにもしかすると私のように神の恩寵を賜った転生者がいる可能性はある。


 それなら幽霊船というのは、魔法使いなのだろうか。いや、でもロタでの襲撃者は明らかに動くミイラだった。いや、そもそも人ではなくてそういう形で作られた兵器という線もある。


「そういえば、お前の探し物って?」


 ぺろりと唇を舐めながら3杯目を注いでいた旅娘は、少しだけ上気した顔をこちらに向けた。


「えー、詮索はしないってのが、平野を行く者たちのお行儀じゃないのー?」


 けらけらと笑うこのお調子者に聞いたのは、間違いだったようだ。


 私はストレスを覚える旅娘に嘆息して、視線を外した。こいつに話しかけても無駄だ。


「あー、怒った? ごめんごめん」


 軽薄な笑いを続けながら、旅娘はくいとグラスを煽って空けた。


「大切なものだよ。あたしの生涯だったって言ってもいい。もうずっと探してるんだ」


 彼女は空になったグラスを弄び、それを透かして何かを見ていた。


「大切な物?」


「そう。絆、とか、思い出も。何もかも。無くしたってよりも、奪われた、が正しいかな」


 哀愁が漂う雰囲気は、いつもの軽薄さはかけらもない。あるのは、寂しさと、ほんの少しの陰があるだけ。


「復讐か、何かか?」


 私の言葉に、顔を上げた旅娘の顔は、ぞっとするほど凶暴な笑みを浮かべていた。


「復讐? いや違うね。奪われたら奪い返す。裏切り者は許さない。血の一滴すら、後悔を焼き付ける。それがあたしの流儀だ」


 あの時と同じだ。


 ロタで、深い霧の中で見た顔。私は無意識に手が震えた。恐れたのだ。この娘が、怖いと思った。


「なんてねえー」


 しかしそれも一瞬。娘は笑ってグラスをまた満たした。


「って、どんだけ飲むんだよ」


「そりゃ、空になるまで飲む」


 へらりと笑うだらしない顔。そしてボトルを片手に旅娘は私の前に来た。


「ほら! ねーさんも飲んだ飲んだ!」


 仕方ないと私が空のグラスを差し出すと、突然娘は私の腰を抱き寄せて口をふさいだ。


「ん!?」


 またか!? 油断も隙もない。


 今度こそ殺してやろうと思った矢先、


「静かに」


 鋭く制された。強く言われた訳でもないのに、なぜか逆らえない。


 私が硬直すると、パッと放して振り向いた。それと同時に戸が蹴破られた。


 どかどかとなだれ込んでくる人だかり。


 見覚えがある。海賊風の装いをした数人組。これはロタの時のミイラと同じ連中だ。


 カトラスを構えて入口を封鎖したミイラ達は、暗い眼窩で私たちを睨み付けていた。


「まさか出向いてくれるとは思ってなかった」


 けたけたと笑う旅娘は、中々に手強いミイラを前にしても余裕だった。


 気が狂っているのか、それとも本当に余裕なのか。いや、こいつはあの時外にいた。だから知らないのかもしれない。


 でもだ、私は知っているし、今の状況が割と笑えないくらいなのは知っている。


 いや、相手も魔術の類だ。なら遠慮はいらないか。もしこいつらが噂の幽霊船の船員なら、叩き潰すのが私の今回の依頼だ。


 ならやってやろう。私はカトラスを抜いて、ポケットの中の在庫を確認する。大丈夫、こいつらを叩き潰すには、十二分。


「いやいや、ねーさん。やる気満々かい?」


「こいつら狩るのが今回の依頼だろ。だったら、一匹残らず狩るに決まってる」


「まあ、ねーさん手伝ってくれるなら」


 ふとそこで旅娘が振り向いた。


 何事かと思った矢先に、突然背後から衝撃が走った。


 体が飛び床を転がる。一体何が起きたのか理解できない。起き上がろうにも、指ひとつ動かせない。


 視界が徐々に暗転していく。


「あー、はいはい。降伏すればいいんだろ?」


 旅娘のブーツだけが見える。声もまるで水の中にいるように、蟠って聞こえている。


 そして視界は完全に暗転した。


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