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町のほぼ中心地に井戸を中心とした広場がある。もうほとんど店じまいの商店もいくつかある。そこが井戸端会議のメイン会場だろう。その証拠に女性のグループがいくつかあり、ある程度の賑わいを見せているのが傍目にもわかる。
「仕事だからな。お前、黙っとけよ」
「あいあい、船長」
そう言って釘をさすと、私はその会場に近付いていく。
その中のひとつ、気の強そうな女性の集団に近寄り私は声をかけた。
ふくよかではないがそこそこがっちりとした体格で、顔は負けん気の強そうな印象がある。中年手前くらいの年齢で、既婚女性を示すように半そでのシャツとフレアの大きな赤いスカートが様になっている。
「あんたは?」
露骨に警戒心を見せる表情で、少し睨むように顎をしゃくって私を見てくる。
「私はある大きな船で働いている者です」
この市井は小高い丘になっているので、平野が見渡せる。一本道で平野へ向かい、その先には巨大な一等戦列艦が見えるはずだ。もちろん船には連語王国の国章が掲げられている。それを確認したであろう女性はもしやという顔をする。
「賊の討伐で寄港しておりまして。失礼ですが、ご亭主から何か聞いていませんか?」
それだけ言えば妄想力、もとい思考力の高い女性は想像がつくだろう。
「なるほどね。それで、こんな田舎まで聞き込みかい?」
「ソローンは列強諸国の軍事力を支える要所ですから。そこを守るのもわれらが艦隊の使命です」
にこりと営業マンらしい笑顔を浮かべれば、女性は少しだけ照れたように視線を外した。とりあえず好青年には見えたようだ。
そこでなぜか旅娘がどんと背後をから脇腹を殴ってきた。ちらりと見るとなぜか頬を膨らませる旅娘と視線が重なる。なんのつもりだ。
「そ、そうさね。ダンナは木こりだから、あまり多くは聞いてないけど……」
そこでふと女性は少し離れたグループの女性を手招きした。見ない顔が市井に飛び込んできたのを怪訝に思って、それぞれのグループでこちらを窺っていたので、それに気付いてその手招きされた女性がこちらに来た。
今度は豊満なレディーだ。空のように青いスカートが少しだけ苦しそうである。
「こっちの兄さんが賊について聞きたいそうだよ」
「賊? 何の用だい?」
やはりめんどうくさそうに、それと怪しむように私を見るが、精々愛想を振りまいておく。
「あの大きな船の人みたいだよ」
私に聞こえないように耳打ちする気の強そうな女性。それに驚く呼ばれた女性。
「そ、そうかい。それなら、うちのダンナから聞いた事なんだけどね」
女性は急にしおらしくなり、おずおずと話し始めた。またしても旅娘が脇腹を殴って来た。
あまり話し上手ではなかったのでまとめる。
木材輸送用の輸送船がここ最近賊の襲撃にあったらしい。それ自体はあまり珍しくはないのだが、奇怪だったのは哨戒していた帝国の艦隊がその区域に着く前に、深い霧が出ていて接近することができなかったという事。前にも述べたが、この地域は稀に霧が出る。霧が出る時間帯はほぼ決まっているが、その時に霧が出た事は今までなかったらしい。
それが2度3度と起きているらしい。それで船乗り達はかの有名な幽霊船が出たのではないかと不安がり怯えていたという。
大収穫である。その船の航路は森林地域からロタを経由して帝国に向かう航路というから、このすぐ近く。
もう少し聞き込みをしたいが、残念ながら情報源である女性たちはもうじき家に戻って家事をしなければならない時間だ。私は礼を言って今晩泊まれる場所を聞いて市井を去った。
本日の宿は飲み屋で、一室を宿屋として提供している店だ。
私は本当に嫌だったのだが、旅娘と同じ部屋で寝る事となった。
建物自体はよくある木造。硬くまっすぐないい材木が多く採れるソローン諸島ならではの2階建て構造。宿部屋は2階にある。戸には錠がつけられているだけましだ。
そして部屋にはベッドが2台ある。お世辞にも広いとは言えない。ベッドの広さも前世でいう所のシングルサイズの3分の2ほどしかないから、こっちも狭い。
私は部屋に着くなり窓を閉じて、戸に施錠した。
飲み屋で情報収集とも考えたが、こういう地域であればあまり露出しすぎるのも良くない。ガセネタを掴まされても面白くないし。
しかし手ぶらで部屋に引きこもっても怪しまれるという物で、店で一番いい酒を1本とグラスを2つ買ってきた。
「おお! これはいいものだ!」
ボトルの香りを嗅いだ旅娘は目を輝かせる。経費として預かった金の半分以上を費やした酒(ウイスキーに近い麦の蒸留酒)を勝手にグラスに注いで飲み始めていた。
「勝手に飲むな」
「酒は飲む物だよ、ねーさん」
くいと一気に煽った旅娘は、上機嫌で自分の分を注いでから、もう1つのグラスを満たして私に渡してくる。