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地平線が続く世界で ~俺TUEEE、にはなりませんでした!~  作者: 夜桜月霞
1……『本日は晴天なり。しかし我が航路には暗雲立ち込めております』
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 結局というか、思わぬというか、予想に反した事がいくつか起きた。


 良い方。追跡隊の出発はまさか襲撃事件から2日後にできた。


 あまりよくない方。私が要員の再編成と、負傷兵の帰還に向けた調整や損害の報告などあらゆる雑務の”尻拭い”をやる事になった。


 書類の山と執務机。羽ペンとインク壷に、第3艦隊の印璽までもがある。


 傭兵から魔女、そしてまさかの艦長代行という大出世である。全くうれしくない。


 本来なら副長と、その補佐官が行うはずが、未曽有の大損害により2人ともパンク。それどころか本来の艦隊総司令官は事のあらましを説明すると言って、艦隊の3分の2を連れて本国へと帰ってしまった。


 取り残された暁の女王号と2隻の戦列艦と、8隻の駆逐艦。戦力としてはギリギリ艦隊という形は取り繕えるレベル。というか戦争するわけじゃないなら過剰だが相手の戦力が不明なので、可能な限り残したという所。これでも本当は完全撤退も視野に入れていたのだ。それをここまで譲歩してもらえたのは奇跡に近い。


 その時の交渉を私が行ったのだが、それがまずかった。


 事の顛末はつい1、2時間ほど前だ。


 尻尾を巻いて逃げると騒ぐ提督の執務室へ私とアンドリュー艦長が向かった所からだ。


「魔女の口車に! 誰が乗ると思ったか!?」


 激怒し憤怒の言葉を並べる提督は、怒りのままに執務机に拳を打ち付けたりと大惨事だ。


「お言葉ですが、提督。提督は一つ早合点しておいでだ」


「黙れ! この私が」


「聡明にして、権威ある連合王国貴族であるあなたなら、もうお気づきでしょう?」


 交渉というのは基本的に感情を表してはならない。冷静に話を進めよう。


 そして決して相手を見下してはならない。基本的には持ち上げて持ち上げて、本当はこちらが有利な条件なのに、あたかもそちらに利益が多いと勘違いさせるのだ。それが交渉という物だ。


「今艦隊を引き上げては、提督、あなたの権威に傷がついてしまう」


「なんだと?」


「正体不明、と報告しても、今回はどう見ても賊の討伐戦。そこで偉大なる第3艦隊がその戦力の半数を喪失した。それは、あってはならない事です。あなたは優秀にして才覚のある指揮官です。私ごときが口にせずともお判りでしょう」


 提督は私の言葉に耳を貸し始めた。よしよし。


「亡霊の奇術に当てられ、あなたは部下を心配するあまりに、今回の作戦を中断しようと思うのは当然だ。当然ですとも」


 私は何度もうなずいて、そうともとつぶやく。そこでパンと手を叩いて音を立て、前のめりになって畳みかける。


「しかし、それはあってはならない。ここは正念場です。絶対なる女王陛下より頂いたのは、不明船の討伐。不敗にして最強の第3艦隊が、たかが奇術を使う賊に敗走を規すなんて、あってはならないのです!」


 一気に鼓舞した私の言葉に、自尊心の高い提督閣下は、少しだけその気になりつつある。


「ここは、艦隊を分けるべきです。勇敢にして不敗なる第3艦隊は、見事悪辣なる賊を屠った。しかし奴らは卑怯にも魔術を使い第3艦隊の勇者たちを辱めた」


 これでもかってほどに、私は感情を顕わに、涙すら浮かべて力説する。


「しかし、それは」


「通常であればこれだけの被害であれば、作戦は即時中断が妥当。しかしそれでは敗走と同義。ならば艦隊を分け、提督府は負傷した勇者たちを本国へ連れ戻す重任を果たし、残りで女王陛下のご意思を尊重すべきです」


「しかし……」


「聡明にして知見深い提督閣下。これは試練です。閣下の偉業を後世に残す為、神が閣下に試練をお与えなさったのです」


 そして私は先ほど念のために作っておいた資料を用意する。


「ご覧ください。考えられる敵の戦力に対し、それを撃退しうる残存させるべき戦力のリストです。そしてそこから得られるであろう”名誉”も」


 紙に書いたのは、噂から推測される幽霊船の規模の平均値。それを撃退する兵法論に基づいた戦力の用意。さらに現状での賊討伐の名誉と、それによる交易特権の交渉カードなど。


 得られた利益と、これから得られるであろう名声の数。


 たとえ半分は皮算用だったとしても、手に取ってしまうだろう。なにせ彼は根っからの貴族。新しい名声がなければ、貴族会での地位を失う。それは避けなければならない。というか体のいい傀儡、ただのバカだ。上手く乗せてしまえば、後は簡単。


 まして彼は今まで自分の実力でのし上がってきたわけではない。彼は貴族としての地位が低いアンドリュー艦長を艦隊指揮にあたらせるための傀儡でしかない。


 だから彼には名誉が必要なのだ。


「こちらが”2正面展開作戦”の概要でございます。僭越ながら、提督閣下のお手を煩わせるわけにもいかないと思い、作成させていただきました」


 資料として完璧だ。そしてなにより作戦名が転進や敗走でなく、2正面というのがみそ。


 それぞれが一つの目標を成すための別慟作戦なのだ。その為の別行動。


 非の打ちどころがない資料を目にして、目を剥いた提督は、うんと大きくうなずいた。


「ご苦労。なるほど、これは、”私の思っていた通りの内容”だな」

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