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周囲を警戒する彼の部下の2人は、沈痛な表情を浮かべていた。同時に激しい怒りを感じているだろう。ちなみに戦術長は手元も見ずに再装填作業を行っている。一体どれだけの訓練を重ねているのやら。
なにか変だ。
私は腰の小物入れからブツを取り出して構えた。覚えておいてよかった、前世の知識だ。
大の字で倒れる、襲撃者の死体。それは死体のはずだ。はずなのだが、どうにも怪しい。
そもそもだ、敵が1人しかいないなんておかしい。なんてったってここは連合王国軍第3艦隊の旗艦だ。乗艦する兵も船夫も超一流。それがこうもあっさりやられるはずがない。
何かトリックがあるはずだ。
そう、例えば、
「ゾンビ、とか?」
私は手に持ったブツを、先ほど戦術長が吹っ飛ばした敵の亡骸に向かってぶっ放した。
私の小指ほどの太さと大きさの銀の杭が、今まさに艦長へ飛びかかろうとしていた”さっき殺した”敵兵の心臓に突き刺さる。
「な!?」
「どうした!?」
「敵は、一回じゃ死なないようです」
このブツは、外見は警察官用の6連発の回転弾倉式けん銃。炸薬は使わない。私が”ポケットに入れておいたエネルギー”を使って弾倉の中の杭を弾き飛ばす。弾速は任意に変えられるし、そもそも弾頭に重量があるからそれなりの衝撃になる。ちなみにこの世界にはまだこの手の連発銃はない。
というものだが、今はどうでもいいか。
さて、飛びかからんとしていた死体はというと、よし、死んでる。
つま先で何度か軽く突くも、反応はない。よしよし。
「何がどうなっている? こいつは、今飛びかかってこなかったか?」
副長が火打石銃を死体に向ける。もちろん動かない。
さて、その死体は、麻のシャツと7分丈のワイドパンツ。砂色のポンチョに頭巾というよくある賊の装い。武器は肉厚幅広の短剣を両手に持っている。
見た目は賊だ。が、頭巾をめくってみると、
「これは……」
ミイラ男だ。顔は灰色で眼窩は落ちくぼみ空洞。今の今まで動いていたとは到底思えない、まごうことなきミイラだ。
「幽霊船……」
アンドリュー艦長がぼやいた。
まさか、そんな事ってあるか?
言われてみれば、霧が出ている。深い霧の夜と言えば、船乗りたちの間でささやかれる噂話、霧の夜の亡霊船『黄昏の乙女』号。
船乗りというのは、こっちの世界でもやたらとジンクスや伝説を気にする性分らしい。
途端に3人の顔色が芳しくない。
曰く、かの船は大平野をどの列強諸国より先に制し、あらゆる財宝と名誉を手に入れた。しかし副船長の裏切りにより、船長は死んだ。その死の間際自らを裏切った副長と乗組員に不死の呪いをかけ、永遠にボロボロの体と船で広大な大地を彷徨い続ける事となった。
らしい。
そんな呪われた連中だ。相手はしたくないだろう。魔女と同じくらいには。
だがしかし、私からしてみればまさかのラッキーイベントだ。失敗すると思っていた無茶ぶり依頼が成功するかもしれないビッグチャンス。本当にあるなんて思わなかった!
喜ばしい限りだが、問題がある。
目線を下に向けると、ミイラがぴくりと動いた。心臓を銀で撃ち抜いてもだめらしい。それもそうか。そもそもそれはオタク文化が生んだ厨二設定だものな。
「こいつ!? まだ」
息を呑む副長。それと反して彼の人差し指は引き金をさっさと引いていた。
煙たい白煙と一緒に12ミリの球体が吐き出されて、ミイラの頭を吹き飛ばした。
乾燥しきった頭はきれいに消し飛び、なくなった。それでも、まだわなわなと動こうとする体を、アンドリュー艦長が刺突剣で床に縫い付けて、カトラスでザ・リッパーもびっくりな鮮やかさでサイコロ干し肉に加工した。見事な腕前だ。
「一応、粉に挽いて、荼毘にでもくべますか?」
私が首を傾げると、戦術長は適当な袋に詰めて窓から捨てた。