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いや、本当は1週間後くらいの予定だったのかもしれない。それが第3艦隊が大挙を上げてきたから予定を切り上げてきたのだろう。到着したばかりの今なら、まだ艦隊の足並みがそろいきっていないはずだからだ。
「それは、まずいな……」
「言ってるでしょ、まずいって」
賊の船団がこの町を襲う。しかしその事に気付いている人間はそれほどいないはずだ。情報通の何人かは察しを付けて逃げているかもしれないが、正直な所街を襲えるような賊の襲撃であれば、どこに逃げても意味がない。それよりも大人しくしておいて、昼過ぎに入港した第3艦隊の活躍に期待した方が安全である。分かっている人間はそうする予定なのだ。
「住人を避難させて、艦隊で防衛網を構築する」
「いやいや、それもいい手ではないですよ。なにせ相手は賊。正規法なんて通用しない」
「しかし」
「賊は賊らしく、夜に紛れてこっそり忍び込んで来るに決まってます。誰が好き好んで連合王国第3艦隊と真正面から戦争しますかって」
アンドリュー艦長が有能で人徳に優れた人物なのは分かった。しかし世の中そんなにきれいじゃない。むしろ9割9分9厘悪でできている。
「艦長、あなた真正面切って賊つぶした事はあっても、出迎えた事はないですな」
むっとぶ然とした顔になる艦長を見る限り図星のようだ。
あんな大艦隊を相手に正面切って戦えるのは列強諸国なり、聖痕教会を守護するシュヴィッツ契約者同盟の傭兵団くらい。
例え一級の賊の船団でも国家の軍隊と戦争というのは無理だ。戦争というのは兵站の上に成り立つ。だから兵站を持たない賊に戦争はできない。
戦争ができないが、戦わなければならない。ならば本来ならやらない手でやるべきだ。
徹底的に卑怯で、姑息で、ずる賢く臆病な手段を取るはず。
ならその卑怯で姑息でずる賢く臆病な手段には、もっと卑怯でさらに姑息でとてもずる賢く非常に臆病な手段を使うに限る。
「まあ、一旦戻りますかね。情報は手に入った」
正午を過ぎた見抜き通りは、かなりの賑わいを見せていた。北西部から多種多様な人種がごった返すのはさすが交易の発信地。
露店も値切ったりなんだりと騒がしい。騒がしい見抜き通りというのは素晴らしい。
だが賑わいを見せていれば、持たざる者からすればそれは略奪の対象と見られるに決まっている。持つ物が居れば持てない者が必ず生まれる。だから賊は必ず生まれ、必ず略奪事件は起きる。この世界でも争いは絶えない。それが人の世の真理なのかもしれない。
きょろきょろと露店を覗いている旅娘は無視して、私たちは船へ戻った。