29
目当ての店に入るといぶかしむ視線が大量に突き刺さる。それに臆することなくへへんと軽く笑って見せながら、私はカウンター席に陣取った。できれば奥の方がいい。理由は後記。
どかんと空席だった端のカウンター席にわざとらしく座ると、カウンターにひじを突いて笑みを浮かべた。
「旦那! せっかくソローンまで来たんだ。美味いもんおごってくださいよ!」
そしていつもより2トーンは下げ、数デシベル大きな声でわざとらしく言って見せた。
「あ? ああ。そうだな」
急に口調の変わった私に驚きながらも、アンドリューは席に浅く腰かける。カトラスをすぐに抜くために半身に座るあたり、この御仁中々白兵戦も慣れているようだ。
一方で旅娘は店主に早速声をかけ、酒と今日の旬の食事を頼んでいた。こいつは何をしていても勝手にするだろうから放置でいいか。
「あんたら、見ない顔ぶれだな?」
店主の中年男性は遠慮なくこちらを見据えてくる。人数分のグラスに琥珀色の酒を注いでいく。それににっと不敵な笑みと挑戦的な目を向けておく。
「そうとも。今朝がた着いたんだが、エライ軍艦のせいで入港が遅れてね。やっと朝飯さ」
私は言いながらわざとらしく肩を竦めて、やれやれ、腹が減ったぜとぼやいて見せる。
今朝私たちの船が留まった港には5隻の商船が着港していた。その中の1隻という事にしておこう。そうだな中堅そうな船で、あまり聞かない名前だった『地平線の月光号』の船乗りにしておこう。あの様式だとおそらく奴隷船だろうから、深くは詮索されないだろう。
ふんと鼻を鳴らした店主。それで何となく察しを付けたのだろう。
「あれはいったいなんだい? 戦争でもおっぱじめるっていうのかね?」
おかげで港湾の方はいっぱいだったと愚痴っぽく付け加える。
「さてね」
「店主、なんか知らないかい? 戦争ってなら、稼ぎ時だぜ?」
な、旦那と肘でアンドリューを小突く。
「ああ。久しぶりに暴れられるかもな」
にやりと不敵な笑みを浮かべて見せる。私の設定にはなんとなく察しを付けてくれたようだ。
「やめときな。あれは連合王国の第3艦隊だ」
「へえ! 暁の女王号かい!? どおりで見たこともないどえらいのが留まってると思ったわ」
かの船の名前はこの黄色い大地の端々まで轟いている。
第3艦隊と第1艦隊は連合王国を最強と言わしめる軍事力の象徴だ。アンドリューの第3艦隊は主に外地、国外に向けて名を轟かせている。第1艦隊は代々国家元首が提督に就き、今は女王『鋼鉄の乙女』ことブリジット・エリザベス4世という時点でどういう存在なのか言わずもがな。その気になれば聖痕教会の”天秤と聖典”の旗を翻す艦隊と殴り合いができるとも噂されているんだからたまらない。
「まあ、そういうこった」
「ってえと、もしかして賊討伐かい?」
第3艦隊が直々に出撃とあれば、他国との戦争か、もしくは大きな賊討伐というのが通例。
本当の目的は全く別なんだが、そんな事を知るのは内部の一部だけだ。
ソローン諸島は先にも述べた通り、各国の重要な資源輸出国である。そこに艦隊が集結して戦争だと慌てふためいていないという事は、残るは賊の討伐。なるほどアンドリュー艦長がキナ臭いというわけだ。
咳払いをひとつして、店主は離れて行った。
「おい、流れ者。そこは俺の席だ」
そういって現れたのは、壮年の男。はい、大当たり。
「あい? そうかいそうかい。そりゃ悪かった」
席を1つずつ横にずれると男は一番端の席に座った。
狙い通りだ。