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ソローン諸島の建物は木造が主流である。
この地域は珍しく湿度が高い。赤道直下という事もあり高温だ。多湿故に風通しのいい木の建物がメインとなる。さらに云うと材木資源が豊富で、艦船を建造するのに必要な樹木は主にこの地域から連合王国や帝国、大共和国などに輸出されている。
「ソローン諸島に来たのはこれで5回目だが、いつ来てもここの暑さには馴れないな……」
麻のシャツとズボンに着替えたアンドリュー艦長。軍人らしいたくましい体がまぶしい。腰にはどこでそろえたのか民間の傭兵がよく使う肉厚のカトラスがある。
「いやー、ほんと。気が滅入ってくる!」
そういう旅娘はいつもと同じ朱殷色のつば広の旅人帽と砂色のロングコート。その下には襟飾りのついたドレスシャツと白いスカーフを虹色スカラベのブローチで留めている。黒のワイドパンツとブーツという見ていて暑苦しい恰好。くすんだ金髪を手ですくってバサバサと動かして籠った熱気を叩きだしている。汗ひとつかいていないがな。
「ここは暑いし、湿度も高い。そのくせ日差しも強いから王国出身者にはつらいでしょうね」
かくいう私はいつものえんじ色のターバンに黒い木綿のマント。その下はカミースに似た前開きのロングシャツとセーラーパンツで色はどちらも黒。化ける為にサラシをしっかり巻いて体形を隠している。
ちなみにこれはソローン諸島の民族衣装であるのだが、日差しが強いので黒にしたが、どうやらすこし明るめの色の方が今の流行りらしい。あと袖に花の刺繍を入れるのがよかったようだ。私は若干時代遅れ感が否めない。失敗した。
さらに余談だが、この世界は男性も普通に花柄の刺繍を服にあしらう。それは花が富の象徴らしく、オスマントルコなどの風習に似ている。
「お前、現地服持ってたのか?」
「お似合いで。なにより涼しそうでうらやましい。取り換えないかい?」
関心する2人をしり目に、私は周囲を少しだけ警戒した。どういうリアクションをしている者が多いか、通行人を観察する。さすがに行商の都ともなると排他的な雰囲気はないが、何ものだろうと値踏みする目線は少なくない。
「傭兵やってると、あっちこっち行くから、現地に馴染む恰好ってのは鉄則なんですわー」
傭兵なんてのはヤクザと同じで、見栄と信用だけで食っている所がある。その為に俗に”慣れている感じ”を出さないと見ず知らずの土地では仕事にありつけない事があり得る。
ぞろぞろと3人で歩いていると少し目立つが、先頭が私であれば水先案内人と行商の一団と思われなくもないはずだ。目抜き通りの露店が賑わう中、歩きながら看板や行きかう人々などを目で追って情報を集めておく。
さて目的は情報収集という事。そうなると酒場か。
酒場の場所というのは、総じて同じような箇所にある。
まず1件目は必ず港湾局の裏手にある。それは船乗り達が真っ先に丘の新鮮な酒にありつく為だ。
しかしここに用はない。船乗りたちの情報も欲しいが、今必要なのはそれじゃない。
次は目抜き通りの港側の入って数件目。こっちは商人たちが多く出入りしているからそれなりに有用な情報が手に入る。が、それも今すぐ欲しい情報じゃない。
お目当ては目抜き通りから離れた、島民が通う様な小さな軽食屋を兼ねた飲み屋だ。
「お前、本当にここでいいのか?」
「ご不満なら結構。でも一応私、傭兵を単独で5年以上やってるんで」
自由業の傭兵で5年は相当な古参になる。
3年というのが大きな分岐点で、半数はそこに行く前に死ぬ。生き延びると大きな行商のお抱えとして雇われるのがほとんどだが、そうなると今度は定期航路ばかりになってそれ以外の鼻が利かなくなって鈍る。なので外に出る事が無くなる。そして体力が続かなくなって丘に上がり、港湾局の事務員となるのが通例だ。
業界の常識を知っているのか、予想したのかアンドリュー艦長はへえと感嘆の声を漏らす。
「奇術師は伊達じゃないわけか」
「まあ、そういう事」