25
暁の女王号は、約80ミリ口径のりゅう弾を発射するカノン砲を90門と、カノン砲の1.5倍の砲身長を持ち徹甲弾を約50ミリ口径の徹甲弾を撃てる長射程のカルバリン砲を持つ。中長距離砲撃において他の追従を許さない艦である。人的失敗がない限り、最新技術の粋を集めた連合王国の誇りは、沈む事が無い浮沈艦だ。
「2番艦、辺境伯ルイス・エドワード号より、『我、敵を目視せり。旗艦援護にあたる』以上です」
「返礼を。再装填後もう一度だ!」
右後ろを走る隊列の戦艦からも続いて砲撃。この艦隊の中で古参で老朽化が目立つルイス・エドワード号とて準一級戦列艦だ。つい5年前までは最強の名を欲しい侭にした船である。
そう、私が今乗っているのは戦艦で、それも絶対不敗を謳う連合王国第3艦隊の旗艦であり、旗艦という事は艦隊を組んでいる。重武装の船の群れだ。
本来、船上傭兵は武装をしていない、もしくは貧弱な装備しかない単体の商船を護衛する為に雇われる。つまり今回は全くやる事が無い。賊だってこんな動く要塞みたいな艦隊を襲うなんてことは絶対しない。
「派手だなぁー。おっそろしーなぁ」
からから笑う旅娘。甲板の手すりから身を乗り出して砲撃戦を眺めていた。発砲の瞬間の衝撃波でコートと帽子に付けている長いコンドルの尾羽が揺れる。
そういえば、こいつは、本当に何者だろうか。
予想がつかない。旅をしていると説明は聞いたが、何を目的にしているのかはさっぱりわからない。そもそもだ、名前すら知らない。
赤い尾を引く弾道の放物線は、右前方100メートル離れた所へ向かって次々殺到している。確か砂龍の群れがいたとか。打撃力としては十二分。秒殺だ。
案の定秒で片付け、艦隊は進路を変更することなく進んだ。
「第3艦隊を動かせるなら、私になんて構う必要ないだろうに」
埃っぽい風は今日も吹き止まない。
私はため息を吐いて、掘っ立て小屋に戻ろうとした。
「いかがかな、”魔女”殿?」
艦長が艦橋の上から声をかけてきた。
連合王国の戦艦は艦橋が中央より前側に配置された塔型のものだ。木造艦なのにレイアウトはどちらかというと二次大戦時の艦船に似ている。もしかしたら、この世界で最初の船を発案したのは、転生してきた人間なのかもしれない。いや、単純に船尾に舵を設ける必要がないからこの形に落ち着いたのかもしれないが、それを知る術はない。
顔を上げて見ると、一分の隙無く軍服を着込んだ大男が目に入る。
筋骨たくましい偉丈夫で、短く刈り込んだ黒髪と日焼けした肌がいかにも船乗りらしい。それでいて竹を割ったような快活な笑顔がよく似合うから、きっと人たらしなのは間違いない。
連合王国海軍、第3艦隊旗艦『暁の女王・ヴィクトリア二世号』艦長、アンドリュー・バルセルナ准将その人だ。艦隊提督は別の将軍だが、実質的な艦隊の指揮は彼が行っている。智将、名将、鬼才、戦人、そんなあだ名を数多く持つ、艦隊戦の名手。没落寸前だった地方貴族の嫡男として生まれ、軍学校卒業後に第2艦隊にてブリガーリア平原の賊軍討伐でその才覚を発揮し、異例の速さで昇進し今に至る。弱冠28歳にして最強の第3艦隊の最高の司令官と呼ばれている。いやはや、とんでもない豪傑でらっしゃる。豪快にして快活、表裏がなく敵をも味方にするような御仁らしい。
「全く恐ろしい威力ですね。これなら、私、必要ないと思うんですがね」
「そうだろ! 我が第3艦隊は、人類最強の艦隊なのさ!」
わははと剛毅な笑いはとても好感が持てる。何より”魔女”に対してなんの恐れも抱いていない。自分の強さを信じて疑わない。そういう人はカリスマ的で憧れる。私には無理だが。
「うっわ、すごい自信。怖い船には、怖い人がいるもんだ」
帽子で顔を隠しながらつぶやいた旅娘。
艦橋の中に戻っていくアンドリュー艦長を見送り、私は疑問を口にする。
「で、あんた。いいかげん名前教えなよ?」