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暁の女王・ヴィクトリア2世号。
それが最強を誇る連合王国第3艦隊の旗艦を務める一等戦列艦である。
船体長は80メートル強の戦列は3層構造で、砲門の総数は130門。側面を準鋼鉄装甲板で覆われた攻撃力と防御力を持つ弩級戦艦。そして動力である風車マストは4対8本であり、最大船速18ノットを誇る巨体からは想像もつかない快速船でもある。まあ巨大すぎてかなり直線番長な所があるそうだが。マストの数が4対8本であれば、足も同じく8セットある。
ちなみにこの足というのは、テオ・ヤンセンのストランドビーストそのままである。風で風車を回しクラッチを介してクランクに伝え、生物のように歩く動作をする木と鉄でできた機械。それが4足を1セット左右一対として船体の左右に取り付けられている。それがこの世界の船の普通の形である。海がないこの地平線が続く世界では、この形が最も効率がいい。
マスト、風車は縦型のもので軸もブレードも縦に取り付けられている。利点は弱い風でも回転し、取り付け軸を風に直面させなくてもいいという所。平地がほぼすべてで、風が止む事のないこの星では風力というのはありふれていて、生活に密接したエネルギー源である。
なぜそんなド級戦艦の説明を突然始めたのかというと、私が今乗っているからだ。
まさか船上傭兵のこの私が、こんな巨大戦艦に乗る日が来るとは思ってもいなかった。
「さっすが快速船! 早いですなぁ」
帽子が飛ばないように手で押さえて、手すりに寄り掛かる旅娘。つばの陰から満面の笑みを浮かべる口元が見えた。ゴーマイウェイなのは知っていたが、本当にこいつは楽しそうだ。
私はため息を吐いて、進行方向を眺めた。
この世界は本当にだだっ広い。見渡す限り黄色い地平線が続いている。まれに島と呼ばれる砂や岩が堆積してできた山があり、それを城塞化して街としている。それ以外は本当に地平線がどこまでも続いている。
しかし平野が多いとなると、とてつもなく大きな問題があった。怪物が出るのだ。
この星のほとんどを覆う黄色い大地で生き残れる様に進化した生物群の代表格、生態系のほぼ頂点に君臨する砂龍という種族。全長4メートルから18メートルにもなるオオイグアナが3匹から20匹の群れを組んで常に移動を続けている。そんな怪物とやり合わないとならない。
もちろん他にも驚異的な生物は多いが、黄色い大地最大の脅威といえばまずはそれだ。まあ、メディッテ盆地にいるらしい土中蛇は、半ば伝説の存在なので、現実的なモノでいうと砂龍が一番の脅威と云える。
そんなものがいる大地から、人類は島を要塞化させて生き残った。最大の脅威である砂龍の全長よりも高い岸壁を築き、風が吹き荒れる大地を背の高い脚付き船で行きかう様にしている。
そんな理由でこの星は実は地球よりもずっと、人類が住める面積が少ない。
捕まって理不尽な命令を拝命してから7日が経った。目的のソローン諸島までは約25日間の道のりである。ひと月弱の長い航路。正直もうウンザリである。
船上傭兵というのは航行の安全を守るために雇われる。基本的には甲板の上にいる。船の艦首側に小さな小屋を建て、船上傭兵はそこを詰め所とする。そこだけが傭兵に許された自由に動ける場所だ。保安上の理由から、傭兵が船内に入る事は原則的に禁じられている。
艦首像の真上の物見甲板上に無理やり建てられたのが、今回の私の詰め所と自由に歩けるエリア。自由に歩いて廻れるのは喜ばしい。なにせひと月もハンモックの上なんて、仕事が終ったら歩けなくなってしまう。
船首から見る風景は、今日も変わらず黄色と青だけ。何も変わらない。
5日に1回島に寄るだけの航路。そしてなによりつまらないのは。
「右舷3層1番から10番! 撃てッ!」
轟音。
三層構造の砲列の一番下層の艦首側のカノン砲が、艦長の指令により砲撃を開始する。
空間すら揺らす轟音は、この巨大戦艦の砲音。