22
石と漆喰でがっちり固められた壁。8割がた地中に埋められた牢獄には、当然窓はなく時間の感覚はもうとっくになくなっている。
感覚的には1週間は閉じ込められている気がするが、実際は1日にも満たないはずだ。
時間の感覚を奪うってのは、いざやられるとなるほど的確な手だ。私もどうしても吐かせたい相手がいるときは試すとしよう。そんな事はおそらく来ない。
首と手足を壁に繋がれ身一つ動かせないとなると、拷問として最高の手段である。もはや磔刑に処された聖徒の気分である。
「せめて、トイレにはいきたいけどなぁ」
そろそろ限界が近い生理現象。空腹とのどの渇きもそうだが、これは辛い。まだ理性と心情は生きている。
「あー、ねーさんいろいろヤバそうだね? あたし耳ふさいでるよー?」
「あーもーっ! どんな羞恥刑だよくそったれ!」
隣にいる旅娘。そして私と違いあの娘は牢に放り込まれているだけで、体は自由なようだ。さっきからコツンコツンと壁をノックする音がうるさい。
「これならお前も魔女だと言っておけばよかった……ッ!」
「それは勘弁してもらいたい! ほら見ての通りか弱い乙女だし」
けたけたと笑う娘に嘆息しつつ、もう喚くのも限界だ。
いっそすべてをかなぐり捨ててやろうかとも思う反面、理性という私の絶対の守護者がそれを許さない。身もだえて必死に意識をそらす。逸らせば逸らすほど意識がそっちに行くのはなぜだろう。
「アイニー・アストロ。出ろ」
牢の前には騎士が3人並んで立っていた。もちろん2人は抜剣して待機している。まさかこんなに近くまで近付かれているのに気付かないなんて、よほど私は焦っていたようだ。
「その前にトイレに行かせてもらえない?」
「魔女の分際で……」
「ならあんたの上官の前でぶちまけてやろうか? いいのか私はやると言ったら本当にやるぞ」
言っていて恥ずかしいな。今顔を見られたくない。暗くて良かった。
「クソッタレ!」
毒づいて騎士の一人は牢の戸の横に繋がれた錠のひとつを外す。それは天井を伝い、私の首と手足の枷に繋がる鎖だ。先端が解かれて私は若干の自由を得る。
「見るなって言っても、無理か……」
「さっさとしろ」
「ですよねぇ」
羞恥刑は少しだけ減刑されたが、免除はなかったようだ。
ぶちまけるよりかはマシ。それに明りはほとんどないも同じだし。と自分を必死に慰める。
私は腰紐を解いてズボンを下ろした。トイレなんてまともな物じゃない。溝が彫られているだけで、わずかな隙間から外に垂れ流されるようになっている。この世界にも光あれ。
事を終え、身だしなみを整えると牢の戸が開かれた。手枷は新たに後ろ向きに腕組みするように止めなおされる。顔の下半分は鋼鉄と革のマスクをつけられてしゃべる事を封じられる。なんてったって私は恐ろしい魔女。手の自由が封じられても、喋れれば呪いで人を呪い殺す。
そこまで便利な能力なら、もっと楽に仕事をこなせたのに残念でならない。
丈夫な鎖は私の首と腰に繋がれ、その先は先導する騎士と後続の騎士に繋がる。しかもこれ用に作られたのか、騎士の甲冑には環がつけられ、繋がっているから驚きだ。ちなみにいうと”この状況であれば私は難なく脱出できる”が、ここは大人しくしておく。
アホみたいに長い廊下。それからバカみたいに続くらせん階段を登り切って連れてこられたのは、なんと屯所の最上階。それも最高司令官の執務室ときた。
さて、何を考えているのか。
で、なぜお前もいる?
「あぁ? あたしの事はお気になさらずー」
そうかい。
横目で睨むとにへっと軽薄笑みを浮かべる旅娘。一応手錠をはめられ細い腰に縄がまかれて騎士の一人と繋がれている。全く警戒されていないが、一応用心だけはしておこう程度だ。