18
甲板に向かうと私の指示通りに船夫たちは動いていた。ドルテもいた。
「話しは聞いた。危険すぎはしないか?」
顔色はまだほとんど治っていない。この男、絶対長生きできないと思う。心労で近い将来亡くなりそうだ。
「ほかに手段がないですからね。働きすぎですよ」
ははと微苦笑を浮かべて、私は準備運動をする。いくらチートを使ったとしても、いきなり体を動かすのは良くない。いや完全に精神的なものだが。こうするとよく動ける気がするのは前世から持ち越した刷り込みだろう。
背後を追跡する敵の船は、まだあきらめていないようだ。
そして左手にはずいぶん大きく見える島。無人島のはずだ。緑が生い茂る小山で、崖は高くない。島と黄色い大地との境界は浜辺のようになっている箇所が殆どだ。
徐々に船の進路は島へ寄っている。もうじきこちらから向こうは見えなくなる。
私は甲板の右側で手をついて待つ。いわゆるクラウチングスタートのポーズだが、この世界の人間はそんなもの知らないから、きっと魔法を使う儀式か何かだと思っているだろう。
「もう見えなくなります。4……、3……、2……、今!」
艦橋の観測手の声と同時に、私は走り出した。
一直線に、甲板の左舷へ向かって。
一瞬で走り切った私は両手を高く振り上げて、甲板の手すりを踏み台にして高く跳んだ。
空中に飛び出す体。本来なら重力に引っ張られて約10メートル下の黄色い大地に体を叩きつけて死ぬ。
私はそうならない。まず体重のほとんどを”ポケット”の中へしまう。代わりに以前しまっておいた運動エネルギーを取り出して、自分に加算する。そうすると私の身体はきれいな放物線を描いて、まだ100数メートル離れている島へ向けて飛んでいく。
自由落下を始めた体。森林の中に飛び込むと面倒なので、運動エネルギーをちょい出しして微調整をかけつつ、比較的に木の少ない所へ着地。あとは僚船を信じて、私は走った。
外周で2000メートルあるかないか程度の岩石に毛が生えた程度の島だ。今の私は間違いなくこの世界で最速の存在だと思う。大砲や小銃からはじき出された弾は除いて。
標高もさほどない島を一気に最短距離で横断すると、すぐに見つけた。
私はもう一度同じ方法で跳んだ。
まさか島から人か飛んでくるとは誰も思っていないだろう。
なにより頭上から人が落ちて来るとは考え付かないはずだ。なにせこの世界にはまだ航空機はない。空挺降下なんて誰も知らない。
視界に映った敵船の数は、変わらず4隻のままだ。
私は軽快に、鳥が舞い降りるように敵船の甲板に着地する。
その場にいた僧兵たちは首を傾げて私を見た。
「聖痕教会の皆様に置かれましては、お日柄もよく。絶好の殉教日和かとお伝えに参った」
私はにっこりと営業スマイルを浮かべて挨拶をする。
「貴様、魔女か!?」
僧兵が声を上げ、その直後に全員が抜刀した。
「いや、仲間を見捨てるような外道を懲罰する、一市民です」
軽快なジョークを交えつつ、私は行動を始める。なに、最初から全力全開だ。