13
「敵は!?」
「北東に1隻! 南南東に2隻! 北北西に3隻! 西に1隻! それぞれ距離は3!」
「地図を! 早く!」
私は思わず叫んでいた。手を差し出すとドルテは腰の小物入れから航路図を取り出して渡してきた。
それを開いて見て、脳を全力回転させる。
現在の自分たちがいる場所と、敵船との位置関係を整理していく。
完全に包囲されているという事は、前もって後を付けられていたのかもしれない。先ほど砂龍を能力で撃退したのを見て、ついに本格的な審問に踏み切る事にしたのか。
それもそうだろう。メディッテ盆地なんて物騒な場所を通行するなんて相当な訳アリだ。それも中央の開拓が進んでいない危険な航路を商船一隻で通るなんて、教会からしたら完全に鴨だ。自ら私は不審者ですと宣伝しているようなものだ。
私は自分のうかつさを呪いながら、なんとか生き残る術を考える。
彼らを置いて逃げる。私一人ならこの黄色い大地を走って渡る事は、不可能ではない。
いや、できなくはないがリスクは非常に高い。理論上可能というのと、現実は大きな隔たりがある。
やはり殴り合うしかない。
とはいうもののこちらは商船。あちらは軍船。戦列艦ではないが、それでも武装があるのは違いがない。
「一応聞いておきますが、この船に武装は?」
「商船だぞ。精々護身用の臼砲が2台と石弓と刀剣くらいだ」
まあ、それでもあるだけましか。
「なら臼砲はいつでも撃てるようにしておいてください。掘っ立て小屋の裏と艦橋の影に隠して配置して」
「わかった……」
「進路を真東に向けて全速力」
「勝機は……?」
「勝って生き残るか、負けて全員ここで死ぬか、そういう仕事ですよ」
「……分かった」
この船の積み荷が教会に渡るくらいなら、自爆をすると最初に聞いている。私も教会に捕まれば間違いなく処刑される。そうなれば消去法で戦うしかない。
船は進路を真東に向けながらクラッチを完全につなげて全速力。艦橋の監視員から敵の動向が常に聞こえてくる。
「あちらは2と1。最初に追いつくのは北東の1隻。臼砲を北東へ向けてください」
いつの間にか船夫は私の指示に従うようになっていた。
甲板に出されていた臼のような臼砲のひとつは北東に向けられた。この臼砲という物は、砲身が太く短い近接船専用の砲だ。火薬の詰まった大口径のりゅう弾を発射する事が可能だが、射程距離が致命的に短いという難点がある。というのが定説。
私は望遠鏡を取り出して敵船を見た。距離はおおよそつかめた。
この世界にはまだ弾道計算を用いた砲兵術は殆ど運用されていない。私はおぼろげな記憶を頼りに弾道を計算し、砲を微調整する。と言っても動いているし、この世界は風が強い。長射程の専用の砲じゃない限りまともには当たらない。
わかっている。
だが近くに着弾すれば、威嚇になる。警戒される。
「合図で撃って! 4……、3……」
装填を終えている大砲の横で、船夫が火縄を火口へ近づけ、こちらをまっすぐ見つめる。
「2……、撃て!」
轟音が、甲板を揺らす。振動が蒼穹に突き抜ける。
仰角が高く発砲された砲弾は、横風を受けて若干横に逸れながら放物線をなぞる。
私の雑な計算式通りにいけば、大人の頭ほどの大きさがある砲弾は北東の1隻のほぼ進行方向の手前に着弾するはずだ。
狙い通りに落ちてくれよと思っていたが、望遠鏡で見ていた敵船は、飛来する砲弾を確認するや大きく進路を変えてきた。それでも重鈍な敵船は大きな進路変更にはならず、砲弾は先ほどまで進んでいたコースの上に落ちた。ちくしょう。
しかし幸いなことにはじけ飛んだりゅう弾の火の粉が船まで跳んでいった。細かい火の粉が足や甲板に着き、船夫達が大慌てで消火作業に当たっている。
「次装填! このまま全速力!」
「アイアイ!」
艦橋からの返答。まるで私が船長みたいになっているけど、大丈夫だろうか。