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航路はその後は大きな問題は無かった。
いや、砂龍の群れを2度撃滅したが、その程度だ。
使いたくなかったが、若干チートを使って屠った。商船の乗組員たちは顔を青ざめさせていたが、こんな地獄への快速便のような航行である。もはや気にしてもいられない。
野獣を狩り、その死肉を漁る。奴らの体は貴重な資源である。
非常に硬い骨や革、髭などの体毛は編み込んでロープになる。私は回収を進言し、航行に遅れが出ない程度にならという条件で首を落とした砂龍の髭や革を剥いだ。
「これ売ったらそれなりに利益出ますからね。荷室に置かせてもらえますか?」
ドルテに進言すると微苦笑を浮かべた彼は大丈夫だと快諾してくれた。
「やはり傭兵というのはたくましいな。こんな状況でもちゃんと他の事も考えている」
顔色の浮かない彼は自嘲気味につぶやいた。
リップサービスも良いが、ここは真摯に話をするべきだな。
「私はこの船に何が乗っていて、何が貴方をそこまで突き動かすかは知りません。しかし心を重責に押しつぶされても、職務を全うしようとするあなたを尊敬します」
胸に手を当て、小さくお辞儀する。
ドルテという行商は、明らかに自分の許容量を超えた仕事を請け負っていた。
金ではないと思う。当然代金を相応にもらうはずだろうが、カーゴシップ一隻でメディッテ盆地を突っ切るなんて依頼、私が故郷に置いてきたモノが無ければ、絶対にできない。
そんなことは私にできない。この世界では持つまいと誓ったそれを持っている。誇りや意地、責任感という言葉に彩られた、人間の意思の力。
それを持ち続ける事は生半可な事ではない。私は彼を純粋に尊敬する。
一瞬虚につかれたような顔になり、そしてドルテはまた微苦笑を作る。
「君にそう言ってもらえて、それだけでもこの仕事は価値があったかもしれない」
「そんな、大げさな」
私も笑うと、一瞬だけ和やかな雰囲気で満ちた。
しかし、それも束の間だった。
艦橋からドルテを呼ぶ声が発せられた。
「何がおきましたか?」
見る間もなく顔を青ざめさせて、唇を戦慄かせた。ああ、本当に可哀そうだ。
「教会です……ッ!」
「巡礼船ですか!?」
「いいえ、”天秤と聖典”です」
ああ、これは、非常にまずい。
私は思わず天を仰いだ。
教会の船には種類がある。
マストに掲げた旗で見分けがつくのだが、その種類は4つ。
1つ目、聖痕穿たれし聖人。枢機卿、大司祭、そして法王のいずれかが乗艦している。まず見かけない。
2つ目、道行く聖徒。巡礼船と云われる、修行の旅をする修行僧を運ぶ船。近寄らなければ無害。
3つ目、慈悲深き乙女。教会が派遣する慈善集団。教会の唯一の良心。
4つ目、天秤と聖典。異端審問官が在住し、『異端者と異教徒、罪人へ裁きを下す』ために派遣される移動警察署兼裁判所兼牢獄兼処刑場。一番近寄りたくない。
「きゅ、急速回頭! 全速力で逃げ切れ!」
「無理です! すでに囲まれてます!」
観測手の叫び声に、ドルテが声にならない悲鳴を漏らした。
状況は絶望的。