11
私は腰から曲刀を抜いて構えた。
すると闇夜の中から金属が滑る、何らかの刃物を鞘から抜く音がいくつも聞こえた。
準備は周到にしよう。
ガス灯の調整弁を最大に開けて足元に置いた。火力が増して周囲が照らされる。
賊はあと3人。最初に見た数から2人引いた数だ。
賊は動きやすそうな半そでのシャツと裾を絞ったワイドパンツ。足元は足袋のような履物。そして手にはやはり曲短刀だ。
相手も人間。数は圧倒的に劣勢というわけではない。
大丈夫。このくらいなら、いつもの事だ。
私は息を吐いて腰を落とす。さあいつでもかかってこいという意思を相手に見せる。
この状態なら普通に考えて、数で取り囲み押し切れば勝てる。
そうなるようにこっちも予想している。
ほぼ一斉、いや、微妙に間隔をあけて飛び込んでくる敵。
私は2番に向けて、剣を投げた。
1番目にはしっかり曲短刀の動きを見てギリギリで避け、腕にしがみついて、足をかけて転ばせる。こっちが踏ん張れば、相手の体重で腕はぼきりと音を立てて折れる。
「ッ!?」
苦悶の呻きを漏らした瞬間、顔面に渾身の力を込めて膝蹴りを見舞う。
そして突然剣を投げつけられてひるんだ2人目以降の敵達。まず折れた事で落とした曲短刀を即座に拾って3人目へ投げつける。それと同時に姿勢を低くして走り、2人目の腰へとびかかり、小物入れから刺突短剣を取り出し、渾身の力で脇腹へ突き立て捻る。
「ぐ、ぁ。か」
ひとまずそれで2人目は放置。3人目は運よく曲短刀が肌を浅く切っていてくれた。慌てふためく所を見ると、やはり刃に毒が塗られていたようだ。
そこでガス灯の明りが消えた。
私は足音を消して3人目へ駆け寄り、腕を掴んで思いっきり一本背負いを決める。もちろん船外へ向けてだ。
最後の一人は明りも消え、瞬く間に仲間が倒されてパニック状態だ。私は手すりに掛けられた縄を一本手に取り、投げつけた。輪投げだ。
首にかかった縄に驚き悲鳴を漏らした最後の一人。縄の反対を空へ向けて放り投げる。
何かに誘われるように縄はマストの風車に絡まり、賊の身体を闇夜へ放り上げ、そしてぼりぼりと音を立てた。
さて、これでお仕舞だろう。
それと同時に甲板へ船夫達が明りをもって出てきた。甲板は瞬く間に明るくなる。
「残敵を探して! まだいるかもしれない」
私がそう言うが、彼らはすでに隈なく甲板を捜索していた。
「それ、もらう」
私は船夫の持っていたガス灯をひとつ借りると、側舷へ向けて落とした。
その下には小さな舟がひとつある。賊が乗ってきたものだ。
そこにはまだ2名、船を操作してた乗組員がいたが、落ちたガス灯は落着の瞬間に大きな炎を上げて一瞬で小舟を巨大な松明へ変えた。
速力を失い、離れていく小舟。
「傭兵殿! 終わったのか?」
生者の顔色じゃないドルテが寝巻用の薄着のまま飛び出してきた。船夫たちは雇用主である彼の周りをしっかり固めている。
おそらくもう他にはいないはずだが、油断はできない。
「ほかの乗組員にも警戒をさせてください。側舷や足にしがみついている奴もいるかもしれない」
「わ、わかった」
きっと彼はこの航路で、この仕事を請負ってから一度たりとも生きた心地がしていないだろう。可哀そうに。
働く人間というのは時として自分の能力以上の労力を求められる事がある。彼は今回の旅路がまさにそれだろう。
この世界に安定したものなんて何もない。豊かな街を統べる統治者とて常に外敵や、政敵に怯えている。資源が少ないのだ。常に奪い奪われを繰り返している。
この男も、先ほど私が殺した賊も、何も変わらない。ただただ必死に生きているだけなのだ。
久しぶりの大立ち回りのせいか、気分が滅入ってきた。
私は掘っ立て小屋に戻り、自分のハンモックに飛び乗った。
となりでは酒臭い小娘が、大事そうに酒瓶を抱えて寝息を立てていた。