0日目 邂逅
マイト・ギャザリックと言えば、若干15歳にして、魔道士の最高峰、『聖天術士連』に名を連ねた天才であった。
彼の功績は、魔道の文明を百年早めたと云われている。
現在の社会インフラのほとんどは、マイトが開発した魔道システムが使用されている。
その開発の偉業もさることながら、魔道システムの利権によって、同時に莫大な富を得ることにも成功していた。
18歳になる頃、国で一番の美貌を持つと云われた舞台女優、アイリーン・アメジストと婚約をした。
世間は、マイトは権威・富・名声・愛すべてを手に入れた世界一の幸福者と羨んだ。
しかし、マイトが20歳のとき、状況は一変する。
突然、アイリーンとの婚約解消をすると、マイトは失意の内に表舞台から姿を消した。
それから十年後、彼の帰りを待って空位のままにしてあった『聖天術士連』からも、遂に除名されることが決定した。
現在、かつての天才マイトは、国境の村の、そこから更に離れた山の中腹に、一人でひっそりと暮らしていた。
天才として、あらゆる称賛を欲しいままにした男の姿は、影も形も無かった。
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ブリトー王国は、国の面積こそ小さくはあるが、巨大な軍事力を有する国であった。
尤も、かつてマイト・ギャザリックという天才がいたおかげで、他国と比類ない軍事力を持てたのだが。
ブリトー王国は、1年前、開拓という名の侵略戦争を開始した。
犠牲になったのは、不可侵の森フーリールに住んでいた、エルフ達だった。
エルフは森に住み、狩猟と農耕をしながら、ヒト種とは関わらないように暮らしていた。
ヒト種に姿は似ているが、ヒトに比べ耳が長いのが特徴。
不老長命で、寿命は1000歳とも云われている。
ヒト種よりも強靭な身体、魔力量、そして高い精神性を有していると云われている。
しかし、ヒトとの戦争では、この高い精神性が仇になった。
一対一では、エルフの方が強いだろう。
しかし、此度の戦争では「まさかそんな非人道的なことを」と思う手段を、ブリトー王国は平気で使用した。
そして、フーリールのエルフ達は、そのような手段で攻撃されることを思いつくことができなかった。
思いついていたかもしれない。
信じられなかっただけかもしれない。
兎に角、対応が完全に後手に回ったエルフは、開戦から1年と経たず、敗戦した。
土地は奪われ、同胞は殺され、僅かな生き残りはブリトー王国に奴隷として連れて行かれた。
■■■
夜、2人の人影が、森の中を彷徨い歩いていた。
1人は金髪碧眼、白磁色の肌をしたエルフの少女。
もう1人は銀髪紅眼、褐色の肌をしたエルフの少女。
彼女達は戦争の僅かな生き残り、その一部だった。
家を焼かれ、家族を殺され、友は拐われた。
だが、彼女達は逃げ延びていた。
三日三晩歩き続け、辛くも逃げ延びていた。
しかし、もう限界だった。
体力の限界はとうに超えているし、精神的疲労も相当大きい。
先に倒れたのは、銀髪紅眼の少女の方だった。
金髪碧眼の少女が慌てた。
「ちょっと!?しっかりしてよ!?」
「ゴメン、ムリ、ミステテ」
銀髪紅眼の少女は、息も絶え絶えに、言葉を絞り出す。
「バカなこと言わないでよ!!そんなの、できるわけないでしょう!!」
「ワタシムリ、デモアナタマダ、イケル」
金髪碧眼の少女は葛藤する。
このまま、動けないこの娘と一緒に居れば、逃げ切れない可能性が高い。
自分1人ならまだ進める。けど、―――
―――見捨てられない。見捨てたくない。
それに1人になるのは嫌だった。
これまで、2人だったから走って来れた。
1人だったら、とっくの昔に挫けていた。
この娘とは、昔から仲良かったわけでもない。
逃げる途中で、たまたま一緒になり、初めて知り合った。
一緒にいるのも2、3日だけだ。
でも、もうこの娘は親友だ。この娘のおかげで何度命を救われたかわからない。
なら―――!
金髪碧眼の少女は、もう1人の少女を背負って立ち上がる。
自分と同じような背丈、当然重くない訳がない。
自分だって疲労困憊だ。歩き続けて脚だって痛い。
1人で歩くことすら辛い。
それでも立ち上がる。
覚束ない足取りだけど、それでも一歩ずつ歩いていく。
「オネガイ、ミステテ、ミステテ………」
背負われた少女が泣きながら懇願する。
「うるさい!」
背負う少女は、イライラの感情そのままに一喝する。
「アンタが死ぬなら、わたしだって死んで構わない。
でも、わたしは生きるから、
………アンタも生きてよぉ」
もう1人の少女も遂に泣き出した。
限界だった。
堰を切ったように涙か溢れて止まらなかった。
背負われた少女も、泣きながら首を立てに振る。
生きる、生き抜く、この先どんなことがあろうとも。
2人の少女は強く、強く決意した。
一歩、また一歩、歩みが遅くなる。
最後には立ち止まってしまい、そのまま倒れ込んだ。
現実は残酷だ。
限界だった。
もはや最後の気力でも、どうしようもなかった。
2人の意識は、深い闇の中へと沈んで行った。
■■■
(おや?屋敷の結界に人の気配がある?)
夜中、マイトは人の気配に目を覚ました。
彼は、屋敷周辺に入ってきた者を感知できる結界を、常時張っている。
最近は、屋敷を訪れる人間がいないので、ほとんど効果は発動しなかった。
(誤作動か?)
マイトは、念の為、完全武装して外に出た。
(たしか、結界に引っかかったのは、あの辺り………)
そこで彼が目にしたのは、
―――折り重なって倒れている、2人の少女だった。