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32話 そして駅から歩いて20分、そこは王国辺境領。

「それじゃ、モーリの魔法とラニさんの魔法とじゃ違うの?」

「本質的には同じものだが、制限が違うといったところか。私たち妖精族は、自然の精霊から力を借りて魔法を使うが……」

「俺なら何でも大丈夫だっ!」

「まあ、そういうわけだ。精霊という器に収まっていようがいまいが、こいつらには関係ない。でたらめだからな。何からでも、どこからでも、力を引き出すことの出来るのが妖精という存在だ」


 翔太が興味津々に、ふんふんと頷いたりしながらラニの話に耳を傾けている。ようやく会話の出来るようになった、モーリも一緒。めんどくさそうに逃げようとしていた彼だけど、どうやら翔太持参の板チョコで手を打ったらしい。ペリペリと包装紙を剥いて、口の周りを茶色く汚しながらかぶりついている。

 あっ、顔を歪めて蹲った。どうやら、銀紙まで一緒に食べてしまって、歯がきーんとしている様子。


 さっきから、ずっとこの調子。これまで、パティやセリムでは答えられなかったこと。魔法とか妖精とか、そういった異世界っぽい話にお目々はきらきら、心はわくわく。そして体は前のめり。

 そんな、男の子心が溢れて止まらない翔太を、パティは食後のお茶など飲みながら、見るともなく眺めていた。


 翔太とラニを仲良くさせよう大作戦。どうやら、ミッションコンプリート。作戦完了だ。

 ラニとお話ししてみたいと言っていただけあって、翔太はとても楽しそう。ラニもラニで翔太のことが気に入ったのか、普段より口数が多くなっているような気がする。当社比1.5倍の大サービスだ。


 全て、思惑通り。完璧に作戦をこなして見せた私、流石。

 心の中で自画自賛するパティであるけれど。どうしてだろう、いつものお日様のような笑顔が、今は浮かんできていない。代わりに顔を彩るのは、どんよりと曇り、雨でも降り出してきそうな。のっぺりとしていて、それでいて何処か悲しそうな。そんな、無表情。


 おかしいな。何でだろう。

 上手くいったっていうのに。予定通りのはずなのに。どうしてなんだろう。


 何で、私。こんなに、つまんないんだろう。


 自分に問いかけてみるけれど、答えは返ってきてくれない。

 翔太が楽しそうなのが、何か嫌。ラニがいつもよりおしゃべりなのが、イライラする。そんな自分に、翔太が気づいてくれないのが、むかつく。


 パティは、ふうっと大きく、溜め息一つ。よく、わからない。わからないけど。これ以上、あの2人を見ているのは、嫌だった。

 叔父さんたちの相手でもしてようかな。そう思って、残りの2人の方を見てみるけど。


「では、翔太君があれほど王国語が達者なのは、君が教えたからというわけか」

「ええ、まあ。あっ、でも自分なんてたいしたことしてないんですよっ! 彼が優秀だったと言うだけで、その……」

「セリム君、だったね。君は、何処かできちんとした教育を受けたことがあるように思えるが?」

「その、以前に王都の学校に通っておりました。けどっ、卒業した後も全然、芽が出なくてですねっ、あの……」

「あそこは、入るのは容易だが出るのは非常に難しいところだ。そこを無事に卒業できたというだけで、誇っていい。ふむ、どうだね。実は今、新しい事業を興そうと考えているのだが。一度、話をさせてもらえないだろうか?」


 なんだか、あっちはあっちで、パティの入り込む隙間はないようだ。

 セリム叔父さん、よかったね。領主様に文官として取り立ててもらいたいとか言ってたけど、このお爺さんも随分お金持ちみたいだし、いい機会なんじゃない?

 幸運が降って湧いてきた叔父を、やる気なさげに応援するパティ。しばらくは胃に優しい食事を用意してあげてって、母さんに言っておくね。


 翔太とラニは話に夢中。叔父さんたちも、忙しい。残されたパティはさて、困った。やることがない。

 普段だったらそんな悩みを抱えるまでもなく、大切な友だちの会話に混ざってるであろうパティは。皿に並んだ食後の焼き菓子を口に放り込むと、ばりばりと勢いよく噛み砕いていく。自分でも表現の出来ないもどかしい気持ちを、ぶつける相手を見つけたとばかりに。

 甘くて美味しいはずの焼き菓子は。何だか、しょっぱい味がした。






 やがて、お日様もゆっくりと西に傾き始めて。お誕生会も終わりの時間。迎えの時と同じ馬車に乗り込む一同。

 念願叶った翔太は、とびきりの笑顔で。ようやく胃の痛い時間が終わったというのに、セリムは行き以上にげっそりとして。パティは、どこかほっとした、そんな表情で。モーリはそんなパティに、ニマニマとした視線を向けながら。それぞれ、しっかりとクッションの効いたシートに座っていく。あ、モーリだけは定位置となっている、翔太の頭の上だけど。


「あれ? ラニさんは乗らないの?」


 ラニはどうやら、ここに残るようだ。最後まで身分を明かさなかった辺境伯と並んで、馬車を見送ろうとしている。


「ああ、少しジョウジと話すことがあってな」

「そうなんだ。今日は色々教えてくれてありがとう、ラニさん。あ、ジョージさんも、ご馳走とかありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げる翔太。伯もそれに、手を振って答える。


「いつでもまた、尋ねてきなさい。歓迎しよう」

「うん。その時には、またお弁当持ってくるね」

「……歓迎しよう」


 楽しみのあまり、同じ言葉を二回も繰り返してしまう伯である。大事なことなので。

 やがて馬車は滑るように走り出し、その場には2人だけが残された。目を細めて、去りゆく馬車を見送る辺境伯。あの少年の祝いの席であったはずなのに、今日は本当に楽しませてもらった。もう二度と口にすることなどないと思っていた、記憶の彼方に風化してしまっていた醤油の味を思い出させてもらった。

 抑えきれない、望郷の念が沸き起こる。ゆっくりと頭を振って、その思いを断ち切ろうとする伯に、ラニが言った。


「また、つくってやろう」

「何をだ?」

「……指輪だ。もう、必要ないか?」


 顔はまだ、馬車の去って行った方へと向けながら。目だけで伯を見て、何処か伺うように。そう、尋ねてきた。伯の心に暖かいものが浮かんできて、それが胸を満たしていく。

 故郷を想う気持ちが消え去ることなど、決してないだろう。……けれども。

 それでも、自分は。この、ジョージ・クレイ辺境伯は。この世界を、愛している。心から。


「是非、お願いするよ」


 優しさ、慕情、慈しみ。そういった相手を思いやる気持ちの全てを乗せて、伯が微笑む。ふんっと鼻を鳴らして、ラニがそっぽを向いた。

 誰でも分かる。照れていた。






 3人の人間と一人の妖精を乗せた馬車は、特にトラブルに見舞われることもなく、セージ村へと到着した。空はうっすらと、茜色。そろそろ家族揃っての食事にしようか、そんな家もあるであろう時間。

 もっとも、ご馳走を詰め込んだお腹は今もぽっこりと膨れたままで、3人が今日の夕食をとるのは難しそうだけど。特にセリムは今日どころか、明日以降も食が細くなるかもしれない。しばらくは、胃痛に悩まされる日々が続きそうだ。


 翔太は、お世話になりましたと御者の人に挨拶して、ぴょんと馬車から飛び降りて。両手を空へと高々と、そして大きく、ひと伸び。

 後は家に帰るだけ。でも、気をつけて。家に帰るまでが、誕生会です。


 ラニと別れてから妙に元気になってきたパティも、途中まではお見送り。向こうへと続くトンネルのある森の入り口まで、一緒について行くのがいつものお約束だ。

 それじゃあ、セリムさん。今日はありがとうございました。そう言って手を振って、歩き始めようとする翔太に、そのセリムから待ったの声。


「ねえ、翔太君」

「どうしたの?」

「俺、頑張ってみようかなって、思うんだ。胃が痛いし、力不足なんじゃないかなって思うし、胃が痛いし、失望されるんじゃないかなって心配だし、胃が痛いし、それに胃が痛いけど」


 翔太よ。次の贈り物はワカメじゃなくて、胃薬が良いかもしれないぞ。


「でもね。せっかく、君が繋いでくれた縁なんだ。ここは頑張らなくちゃいけないんじゃないかなって、やる前から諦めちゃいけないんじゃないかなって、思うんだ」


 そしてセリムは、真っ直ぐに。翔太の目を正面から、真っ直ぐに見つめて。


「ありがとう、翔太君。俺は、君と知り合えて良かったよ」


 そう、彼らしくもない力強い口調で。辺境伯の、毅然と胸を張る姿に負けじとばかりに背筋を伸ばして。そう、言ったのだ。

 胸の下辺りを撫ですさる右手さえなければ、完璧だったのに。惜しい。


「えっと。よくわかんないけど、頑張ってください」

「ああ、そうする。それじゃ、今日はありがとう。これからも、よろしくね」


 そしてセリムは踵を返し、我が家へと向けて一歩を踏み出す。その一歩目の直後から、背中は曲がって肩を落としていたけれど。どんよりと影を背負って、右手は胃を押さえていたけれど。

 頑張れセリム。君は、やれば出来る子だ。いつか、結果が自信へと繋がってくるさ。多分。


「セリムさん、どうしたのかな?」

「叔父さんも色々あるのよ、きっと」

「ふーん。ま、いっか。行こう、パティ」


 翔太の差し出すその右手を、当たり前のようにパティがとる。仲良く並んで歩き始める、いつもの姿。何度も何度も繰り返された、二人の姿。足下から伸びる影法師の、その手もしっかりと、きゅっと繋がれていて。

 それなのに。重なった手の平は、確かに暖かいのに。手を伸ばすまでもなく、翔太はすぐそこにいるのに。でも、なんだか。パティは普段よりもずっと、翔太を遠くに感じていた。

 思い返されるのは、楽しそうな翔太の顔。ラニと話している、嬉しそうな顔。胸が、ちくりと痛んだ。


「……パティ、どうしたの? 何だか、元気ないけど?」

「えっ? 別に、普通だけど」

「そんなことないよ。お誕生会の時だって、途中から静かだったし」


 あっ。気がついて、くれてたんだ。言われるまでもなく沈んでいた心が、急に温かくなってくる。

 なんだろう、おかしい。今日の私、何だか変。自分で自分の気持ちが良くわからなくて。嬉しいはずだったのに、悲しくて。

 けど、今。翔太が心配してくれたのは、とても嬉しい。間違いなく、嬉しい。


「私は大丈夫。……うん、大丈夫」


 少なくとも今は、心が温かいから。だから、平気。


「それよりっ! 翔太、今日はラニと話せて楽しかった?」


 平気だから。私は、平気だから。翔太が喜んでくれるなら。ラニにとられたって、大丈夫だから。

 ……って、あれ? 私、今、何て?


「うんっ! とっても楽しかったっ!!」


 弾けんばかりの笑顔で、翔太が頷いた。抑えきれない気持ちが溢れ出す声で、断言した。

 ずきん、と。その笑顔が、痛かった。その声が、心を切り裂くようだった。


 ……あ、そうか。そうだったんだ。

 私、やっとわかった。わかっちゃった。私ってば、翔太のことが……。


「だって、エルフだよ、エルフっ!」


 ……ん?


「漫画やアニメでしかいないはずのエルフだよっ! 魔法を使ったり、レイピアで戦ったり、精霊とお話ししたりする、エルフだよっ! 耳の長いエルフなんだよっ!!」


 何か、翔太の反応が思ったのと違う。


「びっくりするくらい綺麗だしねっ! もうね、僕が思ってたエルフそのままでねっ! 本物のエルフに会えただけじゃなくて、お話まで出来たんだーって。僕、もう感動だよっ!!」


 翔太の目が輝いている。今日一番、きらっきらしてる。

 エルフって、妖精族の事よね。何か、ラニじゃなくても、妖精族だったら誰でも良かったって聞こえるような。

 ……あれ?


「日本のファンタジーではね、エルフって絶対出てくるんだよっ! ううん、日本のだけじゃなくて、世界中の作品で登場するんだ。すごいよね、異世界に来ただけじゃなくてエルフともお友達になれたなんてっ! ねえパティ、エルフだけじゃなくて、ドワーフもいるのかな? ホビットは? 後は何だろ、オークとか、リザードマンとか? ああもう、ラニさんにこれも聞いておけば良かったよ。僕ね、いつかエルフ以外の種族とも絶対に会うんだっ!!」


 早口で一気に、身振り手振りも交えてまくし立ててくる。長い、長いよ。

 でも待って。あれー?


「ねえ翔太、ラニのこと……その、好きなんじゃなかったの?」

「えっ? 何で?」

「何でって。だって、お話ししたいって言ってたし」

「お話ししたこともないのに好きって、逆に変だと思うよ、パティ」


 翔太、首を傾げて不思議顔。


「だって、今日ラニを呼ぶって言ったら、嬉しいって」

「そりゃ嬉しいよ。だって、エルフだもん」


 まだ言うか。


「妖精族だったら誰でもいいって、なんかそれ酷くない?」

「えー。だってさ、会ってみたかったんだもん。しょうがないじゃん」


 だからって。


「うーん。じゃあさ、パティ、ゾウが好きでしょ?」


 突然、ゾウ? 好きだけど。何時間でも見てられるけど。


「パティだってさ、動物園でゾウを見れるってなったら、わくわくしなかった?」


 した。

 すっごい、した。

 前の日、眠れなかった。


「そんな感じ?」

「ラニの扱い酷くないっ!?」


 ラニ、優しいのに。いい人なのに。動物園のゾウと同じって。


「ちょっと例えが悪いかなって、僕も思ったけど。でも、気持ちわかってくれた?」

「……何か悔しいけど、伝わった」


 そっか。翔太、別にラニが好きって訳じゃなかったのか。

 ほっとして。気が抜けて。そして浮かび上がってくる、新たな疑問。


「……じゃあ、翔太はさ」

「うん」

「誰が、好きなの?」


 聞いた。聞いて、しまった。

 口の中はからっから。舌が張り付いたように動かない。きっと顔は真っ赤っか。どうせ耳まで真っ赤っか。どきどきと鼓動がうるさくて。心臓が耳の横にあるみたい。伏せた顔から上目遣いに、そっと翔太の顔を伺ってみる。

 そして問われた翔太といえば。何でそんなことを聞くのかと。どうして尋ねてくるのかと。心の底から不思議そうな顔をして。こんなの当たり前のことじゃないかと、そんな顔して。そして、こう言ったのだ。


「パティだけど?」


 どくんとひとつ、痛いほどに跳ねる鼓動。

 え、待って。お願い待って、ちょっとだけ待って。今、なんて言われたのか、整理するからもうちょっと待って。

 心の中で必死に訴えかけて見るも、それで翔太は止まらない。止められない止まらない。


「僕が、パティ以外の女の子を好きになるわけないじゃん」


 だからお願い、待ってってばあああああああっ!!


「それはっ! あの、友だちとしてとか、そういうっ! そうっ、そういうのよねっ!」


 何故かどうしてか必死になって、翔太の気持ちを否定しようとするパティ。

 そんなパティに、もちろん翔太は不満顔。


「……大人になったら、結婚したいなって」


 嬉しいけどっ! 嬉しいんだけどっ!

 私だって、なんだけどっ!!


「……言わなくたって、伝わってるって思ってたのに」


 わかんないわよっ! ちゃんと言ってくれなきゃわかんないわよっ!!

 でも待って、今は言わないで。今はこれ以上言わないで。


 両手を前に突き出して、翔太との間に壁を作るパティ。その指先まで真っ赤っか。そんなパティに、ますます翔太は不満顔。

 何だかまるで、会話だけだと別れ際のカップルのごとし。でも翔太。言わなくても、わかってくれると思うとか、それは地雷だ覚えとけ。


 唇を尖らす翔太。腰を落として手を突き出して、じりじりと距離を離そうとするパティ。

 本人たちは至極当然に真面目だけれど、端から見ればちょっと面白い光景。それに、耐えきれなくなったものがいた。我慢していたけどついに吹き出した、この場にいる3人目。


「ぶっはあははははははははあはっ!! だめっ! もうだめっ! お腹痛いってっ! お前らっ!」


 空中でぐるんぐるんと転げ回り、両手をお腹に当てて涙を流しながら笑い転げる妖精の王、モーリ。

 今まで静かだと思ってたら。あんた、もしかしてっ!


「この、モーリっ! あんた、知ってたんでしょっ!!」

「何がだよー」

「だからっ、私が勝手に空回りしてたのよっ! 知ってて黙ってたんでしょっ!!」

「あったりー」


 くすくすと押し殺した笑い声を漏らし、パティの頭の周りをくるくると飛び回り。そしてパティを指差して、ぶふっと吹き出す。それを何度も繰り返すモーリ。

 それを横から見ていた翔太だけど。何だか、見ているだけで腹が立ってきた。もしかして、この妖精に大好きとか言ってしまったの、早まったかも。


 翔太は嫌そうに思うだけですんでいるけど、思いっきりからかいの的になっているパティがそれですむはずがない。

 うつむいて、ぷるぷると拳を振るわせていたパティが、切れた。ぶち切れた。


「こんのっ! 馬鹿妖精っ!!」


 くるくる回っていたモーリをむんずと、思いっきり鷲づかみに捕まえて。そしてトンネルの向こう側へと向けて、これまた思いっきり大遠投。素晴らしく綺麗なフォームから生み出された飛距離は、セージ村新記録。


「お前らーっ、やっぱ、おっもしれーわーっ! また遊んでやるよーっ!」


 そう叫ぶ声が、徐々に小さくなっていき。そしてモーリは星になった。いや、先にトンネルをくぐっただけだけど。

 後に残されたのは、ゼイゼイと肩で息をする怒れる少女と。拗ねていたはずなのにそんな気持ちは何処かに吹き飛んで、ぽかんと口を開けている少年。


 風がかさかさと、木の葉を揺らす。カラスだろうか、鳥の鳴き声が遠くから響いてくる。そんな音が聞こえてくるほど、この場を支配するのは沈黙。しばらく、お待ちください。


 そして、先に正気に返ったのは翔太だった。

 とりあえず、モーリのことは忘れておいて。やっぱり、思ってるだけじゃなくて、きちんと言わないと駄目だったのかな。言葉にするのは、やっぱり少し恥ずかしいけど。でも、僕がパティを好きなのは本当のことなんだから。


「えっとね、パティ。さっきの続きなんだけど、ちゃんと言うね。僕ね、パティが……」

「翔太っ!!」


 改めて気持ちを伝える言葉を途中で遮り、パティがキッと翔太を睨む。

 体の横に下げられた手の先は、拳。感情を抑えるように固く握りしめられ、ぷるぷると震えてさえいる。翔太を見据える視線は鋭くて。遮ってきた声も鋭くて。


 あれ? パティ、怒ってる? 何で?

 ……もしかして、パティは僕のこと。友だちとしてしか好きじゃないとか? 迷惑だ、とか?

 頭の中がぐるぐる巡る。見えるものも、ぐるぐるしてきた気がする。胃の辺りがきゅうっと。あ、セリムさんの気持ちが少しわかったかも。


「翔太っ! プレゼントっ!」

「えっ?」


 プレゼント? この流れで、プレゼント?

 パティってば、いきなり何?


「だから、プレゼントっ! お爺さんからもらったでしょっ!?」

「あ、うん。もらったけど」


 パティの眼光が強くなってきた。怒ったように言葉は強くて、また顔を真っ赤にして、見つめてくる。

 でも一体、何を言いたいのか。それがさっぱり伝わってこない。


「誕生日って、プレゼントをあげるものなのっ!?」

「えっと。そう、だけど」

「私、あげてないっ!」


 知らなかったんだし、しかたないよ。そりゃ、僕だってパティからのプレゼントなら欲しいけど。でも、無理はして欲しくないし。

 えっと、プレゼントのこと知らせなかったから怒ってる? うう、パティがよくわかんない。


「あげるっ! あっちっ!」


 そう言って指差すのは、翔太の後ろ側。振り返って見てみれば、そこはさっきパティがモーリを投げ込んだ、トンネルの入り口。

 えっと、あっちにあるの? 実は何か用意してたってこと? あれかな、サプライズって奴かな。それが台無しになって、怒ってるとか?

 うう、パティがよくわかんないよ。とりあえず、仲直りしたいん……




 ちゅっ。




 不意打ちだった。

 後ろを振り返っていた翔太に、パティがこっそり忍び寄って。パティの方を向いていた右の頬に、そっと顔を近づけてきて。


 そして。

 パティの唇が、翔太のほっぺたに。ちゅっと、触れた。


 えっ、今のって……

 驚いた翔太が振り向いた時には、既にパティは一歩、飛び退いていた。


「あげたからねっ!」


 またしても真っ赤な顔をして、力強くパティの宣言。もちろん、耳まで真っ赤っか。体中が心臓になったみたいに、ばくばくしてて。恥ずかしいのか、少し目が潤んでて。

 でも、口元は嬉しそうに、笑ってた。


 そしてもう一度、視線が交差すると。

 パティはひらりと身を翻し、村へと向けて走り去っていった。


 あっけにとられていた翔太の口元が、やがてひくひくと。何とも締まりのない顔になっていく。

 パティの唇の触れた頬に、そっと手を当てて。そこから発生した熱がどんどん伝わっていくかのように、気付けば顔も手も、どこもかしこも夕日の色に染まっていた。


「父さんにだって、あげたことなかったんだからねーーっ!!」


 遠くから、パティのそんな叫びが聞こえてきた。

 あっという間にあんな所まで行ったのかと、随分と遠い場所で翔太を振り。遠くまで声を飛ばす時の、指を伸ばした両手を口の横に当てるポーズで、そう叫んでた。

 そして大きく手を振ってくると。今度こそ、振り返らずに去って行く。


 パティが村へと辿り着き、その姿が見えなくなるまで。翔太はずっと、そこに立ち続けていた。

 やがて惚けていた顔が、ようやく正気に戻ったとき。嬉しさを抑えきれない笑顔になった翔太が、飛び上がるようにガッツポーズ。


 森の前で喜びの雄叫びを上げる少年に何事かと、森に住む小さな妖精たちがひょいと顔を出してきて。

 そんな翔太のことを。楽しそうに、のんびりと眺めていた。








 都心から電車で一時間の街に住む少年、翔太。

 王国辺境領の開拓村に住む少女、パティ。


 決して交わることがないはずだった2本の糸、それが縦糸となって。

 出会ってきた大切な人々、結ばれた縁。モーリにセリム、ラニに辺境伯。彼らとの思い出を横糸にして。


 そうして紡ぎ織られていく、色鮮やかな物語。

 その物語は、これからもずっと。

 思っていたよりも、長い間。

 続いていくことと、なるのでした。




 駅まで歩いて20分、そこは王国辺境領。

 第一部、おしまい。


 これにて第一部、完となります。ここまでお付き合い頂きまして、ありがとうございました。

励みになりますので、ご意見ご感想、評価など頂けたら嬉しいです。


 第二部として中学生編や、辺境伯の故郷を訪ねるパティと翔太の話などの構想があったりします。忘れた頃にふと覗いていただいたなら、もしかしたら続いていたりするかもしれません。やる気次第で。


 それでは、またいずれお会いしましょう。


 河里静那

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