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30話 翔太、お誕生会を開いてもらう。

「そういうわけで、翔太のお誕生会をやるんだけど、ラニも来てくれない?」


 勉強会の翌日のこと。パティは早速、行動を開始した。目標を定めたのならば、脇目も振らずにまっしぐら。それが彼女なのである。

 朝の仕事を終えて自由時間になると、ラニの住む森の中の小さな小屋へ。途中で、巡回している警備の人に鉢合わせしたけれど、問題ない。何度もラニの元へと通ううちに、今では彼らとも顔なじみだ。最初に会った時、ラニからもらった辺境伯様の紋章入りの通行証を見せてみたなら、それはそれはびっくりされたけど。


「お誕生会? ……ふむ。そういった習わしがあると、そういえば聞いたような気がするな」

「あれ? こっちのほうでも、誕生日ってお祝いするとこあるんだ」

「……ああ。まあ、そんなところだ」


 辺境伯の秘密は、二人にはまだ内緒。帰れないまま何十年も経ってしまった人がいるなんて知ったなら、きっと悲しく思ってしまうだろうから。翔太なんて、帰れる自分と比べてみて、悪いところなんて何もないのに罪悪感を持ってしまうだろうから。

 だから、二人がもう少し大きくなるまでは、伯の故郷に関しては伏せておく。でもまあ、それはそれとして。ラニに、ふと思いつくことがあった。


「なあ、パティ。その席に、私の知り合いを一人呼んでも構わないか?」

「えっ? 別に良いんじゃない、人が多い方が楽しそうだし。どんな人?」

「古い友人でな、異国の物を食べるのが好きな奴だ。なので出来れば、翔太の国の食事をいくつか用意してもらいたいのだが」


 パティ、人差し指をあごに当て、んーっと考える。翔太の母さんにお願いしてみれば、きっと大丈夫よね。いつもご馳走になってばかりで、申し訳ないけど。

 何かお礼をさせてって、いつも言ってるんだけど。着せ替え人形になってくれれば、それでいいわよって返事が返ってくる。おかげで、パティの服も随分と増えてしまった。ちなみに、今日の服装は動きやすい七分丈のシャツとハーフパンツ。活発なパティによく似合っていて、彼女のお気に入りだ。翔太も似合うって言ってくれたし。


「うん、わかった。翔太に言っておくね」

「代わりに、場所はこちらから提供しよう。料理も別にいくつか用意しておく」


 ラニの言葉に、パティはありがとうと大きく頷いた。

 よし。まずは人員、一人目ゲット。ついでに場所の確保も成功。作戦の第一段階クリアだ。

 さて、次は。






「だからね、叔父さんも参加決定ね」

「なんだい、突然。まあ別に構わないけどさ」


 昼食の席で、既にセリムが参加人数として数えられていることが、本人に告げられた。

 まあ、王国語を教えていくうちに、最初に会った頃の苦手意識はもうほとんど消えてしまっている。それどころか、素直で人なつっこい彼のことは結構、気に入ってもいる。何というか、甥っ子が増えたような、そんな気分だ。

 だから、彼の成長を祝う席だというならば、参加するのに否はない。


 それにしても。甥っ子、かあ。セリムの目が少し遠くなった。

 二十歳までには子供がいるのが普通のこと。そんな農村の婚姻事情の中で、セリムは既に二十代半ば。もちろん、未婚。王都で暮らしている間に、村の友人たちは全員が誰かとくっついてしまっていたのだ。帰ってきた時には、相手なんてどこにもいなかったのだ。

 俺、結婚できるのかなあ。そんな呟きが漏れて出る。まあ、顔は悪くないし、気が弱いけれど何気に有能な男なので、温泉街辺りで本気で取り組めばまだどうにかなるだろう。多分。


「父さんと母さんはどうする?」

「あたしたちはよしておくよ。あの子とそんなに親しくさせてもらってる訳じゃないしね」


 顔の前で手を振りながら、母さんが言う。

 まあ、確かに。挨拶くらいなら普通に交わすし、嫌っているなんてことは間違ってもないけれど。母としては、将来の義理の息子だなんて勝手に思ってもいるけれど。でも、友だち同士の祝いの席に親がついていくというのも、何か違うだろう。

 ……それに。


「おい、セリム。野郎がパティに手ぇ出したりしないか、しっかり見張っておけよ」


 それに、だ。この、目を血走らせ、拳をぷるぷる震わせている父が一緒に行ったり何てしたら。おそらく、大変なことになる。きっと、血を見る羽目になる。そしてなんだかんだで、セリムの胃に穴が開く。

 嗚咽を漏らしそうになっている父の頭を、ここ最近の日課とばかりに、母が平手でペチンと叩く。その様子を、パティとセリムは乾いた笑いと共に見守っていた。


 これで、作戦第二段階クリア。参加者はこれでそろったかな。パティが指折り数えていく。

 翔太、パティ、ラニ、ラニの知り合い、叔父さん。あと、ついでにモーリ。うん、向こうでやる誕生会に何人集まるのかは知らないけど、こっちで翔太を祝うならこれで全員だ。一番大事なのは、ラニが参加するかどうか何だし。


 さあ、翔太。楽しみにしていなさいよ。

 妖精の笑顔をしたパティが、むふふと笑った。






 そして、当日。

 セージ村に、ラニがお迎えにやってきた。


 翔太とパティ、その周りを飛ぶモーリ。あと、胃の辺りを押さえるセリム。彼らを誕生日会の会場まで案内するため、豪華で立派で大型の、四頭立ての馬車に乗ってやってきた。


「馬だーっ!」


 お目々をきらっきらに輝かせ、翔太が駆け寄る。動物園でポニーには乗ったことがある翔太だけど、彼もちゃんとした馬を間近で見るのは初めてのこと。昂ぶる気持ちを抑えきれない。

 それにこの馬たちは、この世界でもとびきりの名馬だ。翔太でなくても、目を奪われる。立派で均整のとれた体格、つやつやとした毛並みがまるで、一つの芸術品のように美しい。


「うわー。おっきいー」


 そっと、馬を撫でてみる。本当は頭を撫でてみたかったけど、届かないので首筋の辺り。

 本来、馬に駆け寄って触れるなど、実はとても危険な行為。馬とは、臆病な生き物なのだ。びっくりさせて蹴られでもしたなら、人なんて簡単に吹き飛んでしまう。


「きみ、かわいいねー」


 けれど、何処かうっとりとした目をして撫でてくる小さな生き物を、馬は特段、嫌がっていないようだ。

 人に危害を加えることのないよう、良く訓練されていると言うことももちろんあるが、どうやらそれだけでもない様子。妖精にすら好かれる翔太である。馬をはじめとした生き物たちにも、同じように好かれるのだろうか。

 翔太の言葉に答えるかのように、ぶるるんと一つ、馬が鼻を鳴らした。




「すっごいっ! この馬車おっきいっ!」


 パティはどうやら、馬車の方に目が行ったよう。

 パティも、馬車自体は見たことがある。でも彼女が知っている馬車と言えば、馬が一頭かせいぜい二頭が引く、屋根のないむしろ荷車といった方が良いような物だけ。目の前にある黒塗りの、屋根や扉のついた箱形の、まるでお貴族様が乗るような馬車なんて初めて見た。


「これに乗っていくのっ!? 翔太の家の車と、どっちが速いかなっ!?」


 それはまあ、流石に車の方がずっと速いだろうけど。

 でもこの馬車も、そう馬鹿にした物ではない。車より遅いとはいえ、この辺境領、いや王国全土を見ても類を見ない、とっておきの一品なのだ。


 黒を主体とした一見すると地味ながら、細部に至るまで一切手を抜くことなく作り込まれた静かなる美。伯の好みを反映させた、王家の物とも引けをとらない最高級品である。

 尚、辺境伯の紋章はあえて彫り込まれていない。それが必要な時には、領主を示す旗が掲げられることになる。お忍びで使うこともあるからというのがその理由であるが、こんなものに乗っていて何を忍べるというのだろうか。それでも旗がない時には、領主が乗っている訳ではないこととして扱わねばならぬと言うのが、ルールなのである。奥が深い。


 また、この馬車であるが。当然のことながら、性能面でも折り紙付きだ。板バネを組み込んだサスペンション構造、柔軟性のある魔獣の皮でつくったチューブにゲル状物質を詰め込んだ、通称スライムタイヤ。これらの技術が合わさって、とても馬車とは思えぬ快適な乗り心地を実現している。主にコスト面での問題から全く同じものではないが、いくつかの技術は一般へも広まっており、辺境領製の馬車は王都の貴族たちの間でも人気を博していたりする。


 もちろん、これらは伯が持ち込んだ知識を下敷きとして作り上げられている。

 もっとも、伯の持つ知識はその多くが断片的な物でしかなかった。10歳の少年の知っていることなど、たかがしれている。確かこんな感じだったから何とか作ってみてくれと、丸投げされた職人たちの嘆きの声はいかなる物か。もっとも、無理難題を喜ぶのもまた、職人という生き物であるのだが。


 ちなみに、伯がこれまでに成し遂げてきた多くの業績、数々の技術革新においても、似たようなものである。

 アイディアと金を惜しみなく出した伯ももちろんだが、それ以上に。それを支えてきた、技術者や文官たち。彼らこそが、辺境領をここまで発展させた真の立役者なのであろう。




「すまない、待たせたか?」


 馬車から降り立ったラニが言う。服装は普段通りの、実用性を重視した旅人の服である。けれど、乗っていた馬車があれで、そしてこの美貌なのだ。まるで、お忍びで来ているどこぞのお姫様のよう。

 少なくとも、セリムにはそう見えた。そうとしか、見えなかった。


 一応、この場では子供2人の引率みたいな役割の自分だけれど。一体、俺はどう対応するのが正解なんだ?

 きりっとした顔で、お招きいただきましてとか言えば良いのか? それとも小洒落たことでも言ってみせれば良いってのか?


 いや、無理。無理無理無理無理、無理だって。絶対、声が震えるもん。既に足が震えてるもん。

 助けを求めるように、彼の視線が宙をさまよう。そうだ、ショウタ君だ。彼の知り合いなんだろうから、とりあえず全て任せてしまえ。

 そう決意し、翔太に声をかけようとした時。


「ラニっ!」


 パティが突撃を敢行した。たたたっと駆け寄って、姫様の腰にぴょんと飛びついた。

 って、そんなことしちゃ駄目だってええええええええっ! ちょっと待ってパッティイイイイイイイイイイイイイッ!!

 止めたかったけど、既に手遅れ。既にタックルぶちかましちゃってるのだ。伸ばしかけた手が途中で止まる。きっと、俺の人生もここで止まるんだ。


「今日も元気だな、パティ」

「うんっ! ……あれ? 友だちって人は?」

「ああ、あいつなら会場の方で待っている」


 って、翔太君じゃなくてパティの知り合いなのかよっ! たまに名前が出てきたラニさんって、その人かよっ! どうなってるんだよ、お前の交友関係っ!

 セリムは問いたかった。声を大にして問いただしたかった。でも、出来ない。萎縮しちゃって、声なんて出ない。心の声でしか叫べない。

 知らない間に、姪っ子が遠いところへと行ってしまっていた。もうすっかり馴染んでしまった遠い目をして、天を仰ぐセリム。ああ、なんて空が青いんだろう。


「なんだよー、お前もいるのかよー」


 モーリがふわりと飛んできて、ラニへと文句を言ってきた。ぷくりと膨れた頬が、普段の三倍くらいの大きさになっている。ハムスターの頬袋のごとく。


「お呼ばれされたのだから、仕方あるまい。君も王だというのなら、寛大な心で許したまえ」

「ふんっ! しょーがねーな、許してやらあっ!」


 ぷいっと横を向いて、そんなことを言うモーリ。

 でも、名乗る前に王と呼んでもらえて、ちょっと嬉しそう。口元がひくひくと、笑い顔になるのを堪えている。


「今日は、参加ありがとうございます」

「こちらこそ、招待ありがとう。随分と、この国の言葉が上手になったのだな」

「うんっ! 頑張って勉強したんだっ!」

「そうか。偉いな、君は」


 ちょっとかしこまった様子で、挨拶してきた翔太。その背伸びした様子に、ラニが目を細める。何処か懐かしく、昔の記憶をくすぐられる感覚。ふと、かつての少年の姿が、今の翔太と重なった。

 ……そうだったな。奴にも、こんな時期があったのだな、そういえば。


「さあ、立ち話も何だ。皆、乗ってくれたまえ」


 そう言って、ラニが馬車を指し示す。


「私は、歩いて行けば良いだろうと言ったのだがな。せっかくだから使ってくれと、友人がこの馬車を用意してきた。確かに、これなら会場まですぐだ。乗り心地も、中々のものだぞ」

「私、いっちばんっ!」

「お前っ! 待てよっ! 王が一番に決まってるだろーがっ!」


 待ってましたとばかりに、先陣切ってパティが飛び乗った。モーリが文句を言っていたけれど、翔太がそれに気づかず「にーばん」と続く。

 おめーら、もっと俺を敬えよっ! ぎゃーぎゃー言っているモーリはラニがむんずと捕まえて、ぽいっと馬車の中へ放り込んだ。


「さあ、あなたもどうぞ」


 手の平で馬車を指し示し、中へとセリムを誘うラニ。

 逡巡していたセリムが、ふうっと。何かを諦めたかのような、大きな溜め息を、一つ。


「……俺、何処に連れて行かれるのかなぁ」


 甘かった。考えが、甘すぎた。

 実は貴族じゃないってわかったし、一緒に過ごした時間も長くなってきて油断していたけれど。それでもやっぱり、ショウタ君は自分とは違う世界の住人なのだった。あとどうやら、今となってはパティも。


 頑張れ、俺の胃。負けるな、胃袋。帰ってくるまで、穴が開くんじゃないぞ。

 自分を叱咤し、震える足に力を込めて。どうにかこうにか、馬車へと乗り込むセリムだった。


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