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21話 戦の国の妖精は剣を振るう。

「……って。なんだよ、ありがとうってっ! おまえ、バッカじゃねーのっ!?」


 不意打ち気味に予想外の言葉を言われ、思わずどういたしましてと反応してしまった妖精。しかしすぐに我に返ると、逆さまになったままパティを指差して抗議の声をあげた。

 だって、ここは怒るところだろう。そして、かんかんに怒っているのを見て、それを楽しむところだろう。そのつもりで煽っていたというのに、ありがとうだなんて計算違い。この男で遊ぶのももう終わりなので、最後にこいつで遊ぼうと思ったというのに、なんなんだよ。


「だって、翔太と会えたのあんたのおかげじゃない。だから、ありがとう」


 何を当たり前のこと言ってるの。そんな風にパティが言う。

 まったくもって、妖精としては予定が狂う。


「僕がパティと会えたのって、妖精のおかげなの?」

「うん。こいつが、あのトンネル作ってたの」

「そうなんだ。じゃあ僕からも、ありがとうございました」


 深々と頭を下げる翔太。残念ながら、妖精とは別の方を向いての礼だったけど。

 こいつもか。俺は別に、感謝の言葉が欲しいんじゃないんだって、逆だって。引っかき回されて困って怒る、間抜けなお前等が見たいだけなんだってば。

 それなのに、まったく。


「ああもう、めんどくせー。もうそれでいいよ、俺に感謝しろ、感謝。崇めよ讃えよ奉れよ」


 頭をかきかき、溜め息一つ。

 ああもう、調子が狂う。最後の最後で締まらないったらない。


「おまえら、次に俺たちに悪戯されたらもっと悔しがれよなー、それが礼儀ってもんだぜ。……んじゃ、こいつ向こうまで連れてくから」


 いっそ置き去りにしてやろうかとも思ったが。何となく、そうするとこの女が喜びそうな気がするからやめにする。

 次はもっと、わかりやすい反応をしてくれる獲物を探すとしよう。こいつらみたいのは懲り懲りだ。

 妖精は悔し紛れの言葉をパティにぶつけ、そう幕を引こうとした。だがしかし、パティにはまだ妖精に用があるようだ。


「ねえ妖精、これからも翔太と私が行ったり来たり出来るようにしてよ」


 ……はっ?

 こいつは一体、何を言っているんだ。この俺様を都合の良いマジックアイテムみたいに思ってるんじゃないだろうな。

 怒らすつもりだったのに、逆に怒らせてくるなんて。こいつ本当に、妖精と人間の関係ってもんが分かってない。自由すぎる。


「ふざけるなー、なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ」

「だって、翔太ともう会えないなんて困るし」

「知らないねー。勝手に困ってりゃいいじゃん」

「妖精さん、かっこいー」

「かっこいー」

「褒め方が適当だよっ! 褒めたってやらねーよっ!! 後、おまえっ! 俺はそっちじゃねーよっ!!」


 妖精に混乱の精神異常。言葉の届かない翔太に対し、つい突っ込みを入れてしまう程度に。

 何か少し、妖精にからかわれる人間の気持ちが分かった気がする。相手の立場を思いやれる俺、偉い。


「そこを何とかお願い、妖精。……妖精……ねえ、あんたさ。名前はあるの?」


 ふと、何かを思いついたようにパティが言う。


「妖精って呼ぶのって、私たちだったら人間って呼ばれるようなものでしょ? だから、あんたの名前あったら教えてよ」


 名前を問われた妖精と言えば、きょとんとした顔。その口元が次第ににやりと笑い出し、偉そうな顔へと変化する。

 色々とむかつくやつだが、名を知りたいというのは良い心がけだ。ならば教えよう、讃えるが良い、この王の名をっ!


「俺の名は『湯煙の森を統べし緑奥深き森の森の王』だっ!!」

「長い」

「敬えよっ!」


 両手両足をぶんぶん振り回す、王の抗議。

 対するパティの眉間にしわが寄る。


「適当に言ってるでしょ」

「適当じゃねえよっ!」

「森って三回も言ってるし」

「おまえらの言葉にするとこうなっちゃうのっ!」


 ふうん、そうなの? 日本語にすると変だけど、妖精語では普通なの?

 妖精の言葉ってどんなんだろう。って、そういえば。翔太と話してたときに妖精が乱入してきたから、ずっと日本語で話してたけど。


「モリーって、日本語話せるんだね」

「世界を渡れるんだぞ、俺。それくらいは出来る……って、モリーって何だよっ!」

「名前長いから、もうこれでいいかなって。森の王だから、モリー」

「おまえ、センスないなっ!」


 む、酷いことを言う。

 いいじゃないの、あだ名なんてそんなもんで。もう、我が儘だなあ。


「じゃあ、モーリ」

「変わってねーよっ!」

「森が三回だから、モーリモリモリ」

「おう、喧嘩売ってんだな、買うぞ。いいのか、買っちゃうぞっ」


 パティの頭の周りをくるくると回りながら構えをとり、しゅっしゅと拳を打ち出す動作を見せる自称妖精の王。

 彼は実際に王を名乗るだけの力を持ってはいるのだが、その姿は威厳からはほど遠い。


 と、ここでこれまで言葉数の少なかった翔太が口を挟んできた。

 まあ、彼からしてみればずっとパティが一人でしゃべっているようにしか見えないのだ。会話に入りにくいのも、まあ当然。それだけに何かを言えるのが嬉しかったのか、とても楽しそうに言ってきた。


「なんか、もーりもりもりって、戦国武将みたいでかっこいいね」


 漢字に当てはめるなら、毛利守盛といったところだろうか?

 翔太のその言葉を聞きつけて、ファイティングポーズをとっていた妖精の動きがぴたりと止まる。なんだって? かっこいいだって?

 片耳がにょきりと物理的に、顔の半分くらいのサイズまで大きくなって、見ていたパティがうげっと嫌そうな声を上げた。


「何かきもい、それ」

「おい、センゴクブショーって何だ?」

「私に聞かれても知らないわよ。……翔太、センゴクブショーって何?」


 聞かれた翔太は得意顔。

 人差し指を立て、ふふんと楽しげに説明する。


「昔、日本はたくさんの小さな国に分かれてた時代があったんだ。それで、それぞれの国が天下統一して一番になるんだって、戦ってたの」

「どこの世界も似たようなものなのね」

「それでね、戦国武将はその国で一番偉い人。この世界だと何て言うんだろう……王様でいいのかなあ?」


 武将よりも大名といった方が正しいだろうし、他にも色々と微妙に違う気もするが、翔太の認識はそのようなもの。

 そのまま翔太は言葉を続ける。得意気に。


「毛利っていうのは戦国の中でもすごく強い武将だったんだ。クロスボウとか大きな輪っかみたいな剣で、何百人も相手に戦ったりもするんだよ。」


 違う、翔太。混じってる。空想が混じってる。けれど、それを指摘できる者はこの場には存在しない。

 パティと妖精の頭の中では、一騎当千に無双乱舞する豪傑の姿が思い描かれていた。


「……そうか。強いのか。かっこいいのか。ふふふふふ……」


 妖精の拳闘スタイルが、刀を振る動作に変わっていた。

 後で手頃な木の枝を拾って、剣にしよう。そんな予定を立ててみる。


「気に入ったの?」


 呆れ顔のパティ。男って、そういうのが好きなのよね。妖精もそうなんだ。

 でも、後でこっそり翔太に聞いてみようかな。パティっていう名前に近いセンゴクブショーがいないかどうか。


「悪くはないなっ! よし、俺様のことをモーリ・モリモリと呼ぶことを許してやろうっ!」


 斬って払って突いて、ついでに撃って。パティの頭の周りをくるくると回りながら、見えない1000人を相手に戦い始める妖精。

 ああもう、髪の毛がぼさぼさになるからやめてよねっ!


「もう、向こうでやってよっ! ……それよりモーリ、さっき言ったトンネルのことだけどさ」

「ん? ああ、いいぞ。こいつが来たいときには道をつなげてやる」

「……えっ? いいの?」


 先程までの渋るような、意地悪な様子はどこに行ったのか。パティのお願いを、あっさりと聞き入れる妖精。

 どうせまた断られるから、どう言って納得してもらおうかと考えていたパティが訝しげな顔をする。


「何だよ、いらないのか?」

「ううん、いるっ! 約束だからねっ! 後からやっぱりやめたとか、なしだからねっ!!」

「うるさいなー。そんなことしねーって」


 どうして急に言うこと聞いてくれたのかしら。適当につけた名前がそこまで気に入ったの?

 でも、理由はわからないけれど。これからも翔太と会えるのは、とっても嬉しいっ!!


「ありがとうっ!!」


 見えない剣を振りつづける妖精を、両手でぎゅっと捕まえて。そのまま胸にかき抱き、そしてその場でくるくると踊るパティ。

 捕まった妖精は、これも王の試練かと叫び。そして翔太は、良くわからないけどとりあえず問題は解決したらしいと、にこにこと笑っていた。






 後日。

 このやり取りを、パティがラニに話したときのことだ。

 ラニはたまに見せるころころとした可愛らしい笑い、ではなく。珍しく、堪え切れんとばかりに大きな笑い声を上げていた。


「パティ、また随分と上手くやったものだな」

「えっと、どういうこと?」


 笑いつづけて目に涙すらためているラニに、パティが尋ねる。


「君は、その妖精のことを名で縛ったのさ」


 どうにか笑いの発作を抑えたラニが解説してくれたところ、どうやらこういうことらしい。


 名前というものは実は、個体を区別するというだけのものではない。それ以上の、特別なもの。誰かの名を知るということは、自分とその相手の行動を縛る力を持つ。

 例えば、自分の名前を知っている者に対しては、それなりに親身になって対応したりする。逆に、名を知らぬ相手が傷ついたところで、さして気にしたりはしない。

 そして、名付け親という存在は、実の親と同程度に尊敬の対象になったりする。


 個人差こそあれ、肉体を持つ人間ですらそういった傾向はある。ましてや精神的な存在である妖精ならば、尚更だ。

 真実の名である真名であるなら、特にそれは顕著となる。真名を授けてくれた相手に対しては、基本的に忠誠を捧げることになる。妖精なりの忠誠ではあるが。

 真名を授けたものではないとしても、真名を知られて魔術的に縛られてしまったなら、絶対服従せざるを得ない。それこそ、その相手が死んだ後も未来永劫に。

 それほどに、妖精にとって名前とは重要なものなのだ。


 今回パティは妖精に、モーリ・モリモリという名前をつけた。

 もちろん、これは真名ではない。ただのあだ名のようなもの。だが真名ではないとはいえ、名付けてそれを相手が受け入れるという行為は、それなり以上の意味を持つ。


「命令に服従させるような効力はないだろう。けれど、おそらくはお願いの範囲だったら聞いてくれるだろうな」


 それを聞いたパティは、思ったものだ。


「……ばっかじゃないのっ!?」


 そんな。ただの冗談半分でつけた名前が、そんな大きな意味を持つだなんて、思ってもみなかった。

 何で受け入れちゃったのよ。何、気に入っちゃってんのよ。もっと自分を大切にしなさいよ、この馬鹿妖精っ!!


「まあ、いくら気分だけで生きている妖精とはいえだ。普通だったら、そう簡単に名前を受け入れたりはしないさ」

「じゃあ、どうしてっ!?」


 ラニがにやりと笑う。

 四分の一は妖精の彼女が、楽しそうに笑う。


「ようは、君も妖精に気に入られてしまったと。そういうことだな」


 これから色々と大変だろうが、まあ頑張りたまえ。

 そう告げたところで堰が切れ、ラニは再び呵々大笑。まったく、君は本当に見ていて面白い存在だ。


 そんな彼女をパティといえば。

 ふんだと鼻を鳴らして、ラニの馬鹿とじとりとした目でねめつけていた。

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