手記
階段を降りる四畳半ほどの空間に割れた額縁とボロボロの紙、それから石の引き戸があった。
石の引き戸には玄関同様に淡い光を放つ模様が描かれている。
うろ覚えなのでもしかしたら全く違うかもしれないし同じかもしれない。ちょっと思い出せないが後でいいだろう。
ガラガラ
扉を開くと大学の教授室に似た書斎。綺麗に整頓されておりここの木材は朽ちた様子がない。
例のごとくボタンのようなものを押すと天井から光る玉が現れる。
ふとボタンを見ると丸い石がはまっている。
「ここも同じ石だな。」
色は白。そういえばトイレにも青い石があったし風呂の壁には赤と青の石がはまっていた。
もしかしたら電池のような役割をしているんじゃないだろうか?日頃読んでる小説でいうなら魔石というところだろう。
試しに外してみようと思うが外れそうで外れない。くるくる石が回るのだがくぼみに吸い付いて外れない感じだ。
一度嵌めたら使い切るまで外れないのだろうか?
書斎には木製の机に椅子、書棚があるが上の階とは異なり埃っぽさはほとんどなく、よく使い込まれてはあっても痛んではいないようだ。書棚の本をざっと見回すと見たこともない文字で書かれた背表紙のものが多く時折日本語のものが含まれている。
新品のようなものから古書、藁半紙から羊皮紙、果ては木簡まで幅広い資料があることから家主は考古学者でもしていたのだろうか?
部屋の片隅には布団と毛布が置かれておりここで寝泊まりしながら調べ物をすることもあったようだ。
書斎の奥には裏口と言っていいのか玄関があり石の引き戸がつけられている。
靴が何足か置かれているのでここから先は土足のようだ。
靴を借りて石戸を開けると6畳ほどの部屋が一つ。
入ってすぐのところには腰までの高さ、大体120㎝ほどの石碑のようなものが鎮座している。部屋の床には大きな模様が描かれているが扉の模様とは違い光っていない。ライトやトイレ、台所にある模様も光っていないものがあったのでおそらくスイッチかなんかでオンオフできるものなのだろう。
石碑に目を向けると何か半球状のくぼみがある。おそらくこの場所に先ほどの石と同じようなものを嵌めると使えるようになるのだろう。
そこまで考えるとこの部屋についても大方の予想ができる。
転移装置だ。
まだ確実とは言えないまでもこんなとこにあるというのならほぼ間違い無いだろう。次元を超えて人を呼び出せる世界なのだから転移魔法の一つや二つあってもおかしくない。いや!無い方がおかしい。
「ふっ俺は小説の鈍感主人公とは違うのだよ」
どこか勝ち誇った様子で呟くと先ほどの書斎へと戻る。
用途の予測がついたところで使い方がわからないので放置する。下手に調べてどこかおかしなことになったら目も当てられないからな。
書斎に戻るとまずは傾斜のついた机の上にある手帳に目を向ける。
机のど真ん中にはマル秘とデカデカと描かれた手帳がこれ見よがしに置かれている。
どうぞ読んでくださいと言ってるようにしか見えない。
「ふぅ、日本語…か」
この家の家主はどうやら日本人の可能性が出てきた。
「まぁ予想はしていたんだけどね」
椅子に座ると深呼吸をして手帳を手に取ると一ページ目を開く。
『マル秘と書かれているにもかかわらず僕の手記を読もうと思った君は随分とデリカシーがないようだ。プライバシーというものを知らないのか?破廉恥はやつだ。』
パタン
一度手帳を閉じると大きく深呼吸をする。
「す〜〜〜〜はぁ〜〜〜〜」
イラついてはいけない。ダメだ。落ち着け。
この家を使わしてもらうからには怒っちゃダメ。
うん。オッケー落ち着いた。
「よし!」
気を取り直してもう一度手帳を読み進める。
『マル秘と書かれているにもかかわらず僕の手記を読もうと思った君は随分とデリカシーがないようだ。プライバシーというものを知らないのか?破廉恥はやつだ。
あれ?一度読むのやめたのにまだ読むのかな?もしかして君って他人の携帯はこっそり見るタイプなのかな?
っと冗談はさておきこの手記を読んでいるということは僕はもうこの世にいないだろう。
え?お前のこと知らない?ちょっと書いて見たかっただけだって!
ほらよくアニメやドラマにあるようなのって憧れるだろ?それに事実として僕はこの世にいないと思うんだ。
鉄板ネタだね。
この手記を読んでるということは君は地球人だよね。
なぜわかるかって?
それはね
ひ・み・つ!これも鉄板だよね?
では改めまして
姓はキリシマ名はタカヤ。僕の名前はキリシマタカヤだ!
お父さんとお母さんにもらった大事な名前だよ。
名前からは意外に思うだろうけど日系日本人なんだ。
びっくりした?ね、びっくりした?カタカナの名前で日系日本人ってねwww
なんでカタカナだよ!ってとこだよね?
実はこの世界苗字が無い人が多くてね。しかも日本名って珍しいからタカとかキリなんて偽名を使ってたんだよね。
だから君も名前には注意ね!苗字とか言ったらちょっと変な目で見られたり貴族と思われて厄介だからね。最悪犯罪者扱いされることだってある。
さて本題に入ろう。
この家は僕がこの世界に来て初めて作った拠点だ。
僕は勇者召喚に巻き込まれるようにしてこの世界にやって来たんだ。君も同じだろう?なぜわかるかって?だってこの手記は勇者のジョブに反応して崩れるようになってるからね。
なぜそんな仕掛けを施したかって?
勇者召喚は死が確定した生物を異なる世界から呼び出す魔法なんだ。臨死体験で才能が開花したり馬鹿力が出るなんて話を聞いたことがあるだろう。それを利用して勇者のジョブを取得できるように誘導するんだ。
巻き込まれる人間は勇者の死因に巻き込まれて死ぬ運命が強いものが召喚される。殺人事件なら同じ場所に居合わせたとか事故なら巻き込まれた、災害なら同じ災害の時に死ぬ順番ってことになると思う。ちなみに発現するジョブの力に比例してその時の命の危険度がわかるよ。
ここまではまだいいんだ。
死の運命を回避する形でと言われても納得できないがそこまではいい。召喚される前の記憶があるんだから死ぬかもという危険は体感してるよね?
勇者召喚には人間の情報となるのが血液が必要でね。それがないとどんな生物がやってくるかわからないんだ。
この世界の人間の情報として男女数人の血液情報を使って類似種族を召喚することになる。
そしてその提供者の血液が契約として発動するんだ。死ぬはずだった命を救ったということの対価を払えとね。その対価が血液を提供した人の話をほとんど疑うこと無く信じてしまう思考誘導だ。
思考誘導と聞くと大したことないように思うが自分の意思で行動してると思ってるやつの説得なんかできやしない。召喚される人間の性格にもよるけど話を聞いてくれないし白を黒と思い込んでね。
だが誘導というだけあって勇者の性格によってはどう説明されようとも人殺しはしない、盗みはしないって倫理観がある勇者もいたよ。契約という以上メリットがあればデメリットもあるということだろう。それと死が確定してた勇者にしかこの契約は成立していないから巻き込まれ組については心配しなくてもいい。
そうそう僕がこの世界に来た経緯だったね
20××年、僕は会社の海外研修で飛行機に乗っていたんだ。初めての海外ですごく緊張しちゃってね。離陸の時なんかふわっとした気味の悪い感覚が怖くて怖くて。先輩から機内で仮眠して時差ボケに対応した方がいいって聞いてたんだけど一睡もできなかったよ。
機内食は魚にしたんだけどちょっと期待はずれだったかな。
現地につくと向こうの人間ってちょっと荒っぽくてね。僕のキャリーバックを乱雑に扱うんだよ。頭来ちゃうよね?何してんだって言ってやりたかったけど小心者の僕は泣き寝入りだよ。
仕事仕事であんまり観光はできなかったけど研修は滞りなく行われて僕もいろんな技術や知識を学べてすごくためになったんだ。この家にもその時得た知識を応用して魔法と組み合わせたものが使われているんだよ。すごいでしょ!
そして帰りの飛行機で事件は起こったんだ。』
喉を鳴らしながらページをめくり読み進める。
余談が長いと思いつつやっと本題に入ると気を引き締める。先人の話は貴重なのだ。
『どうも出発前に食べたフィッシュ&チップスが合わなかったようでお腹を壊しちゃってね。僕は機内でトイレと友達だったよ。笑っちゃうだろ?
でも一緒に研修に向かった同僚にはバカにされるし大変だったんだよ。
機内食が美味しくないの知ってたから先に腹ごしらえしようと思ったあの時の僕を心底恨んだね。
ところで飛行機って案外乗り物の中で一番事故率が低いって知ってるかい?
はっは〜ん飛行機事故がきっかけだと思ったんだろう??
ばっかだな〜
じ・つ・は!
飛行機事故だよ!
そう飛行機事故だったんだ。
順調に飛行していたはずなんだけどね。流れ星が降って来たんだよ。飛行機めがけてね。
もう奇跡的な確率で飛行機の翼に直撃しちゃってね。不安と腹痛で寝れなかった僕は窓の外を見てたからもろに見ちゃったんだよ。
ドッカーンてぶつかった隕石をね。ビビったよ。まじビビった!
もう死んだと思ったんだけど気がついたらこの世界にいたんだ。変な部屋の中に俺を含めて40人弱の地球人が召喚されたんだ。僕はピンと来たね。
これあかんやつって。
初めのうちは向こうも下手に出ていたから僕たちもとりあえず話を聞きながらこの世界のことを調べたさ。でも徐々に魔王がどうの破壊神がどうのと言って僕たちにその討伐を押し付けようとするし、遠回しに他国との戦争にも関わらせようとしやがった。勇者くんはノリノリで引き受けちゃうんだけど当然僕たちは拒否したよ。だってそうだろ?誘拐同然に召喚されたと思ったら自分たちのために命をかけろだよ?拒否するのも当然だ。勇者くんは自分が正しい!なんで断るんだ!って感じで切れて言うこと聞かないし、城のボンクラ共も卑怯者だとか恩知らずだとか言いたい放題だ。挙げ句の果てあいつら隷属魔法を使って僕たちを奴隷にしようとする始末。もちろん僕たちはそうなることを予想していたから事前に皆で対策をとっていた。日本人なら当然だね。
そこから逃走劇の始まりだ。たまたま米国の軍人さん夫婦が居合わせたのが良かった。まぁ本人からすると最悪の新婚旅行なんだろうけどね。異世界への片道切符とか僕は嫌だよ。君ならどう?嫌でしょ?
え?召喚された異世界にもよる?もっともだ。
まぁ詳細は省くけど数人の死者を出しながらも逃げることには成功したんだ。そこから色々とあって人数が多いと動きにくいから数人に別れて散り散りに逃げることにした。僕は大学時代建築学科にいたからある程度の家なら作れてね。召喚当初は大工だったジョブもその頃には魔導建築技師だったこともあって仲間数人とここに拠点を構えたんだ。
時間を見つけては他の仲間のところを飛び回って家造りしていたよ。
あぁごめんごめん。
ちょっと話が横道に逸れすぎだね。
何を言いたいのかというとだ。この手記を見つけた君にこの家を自由にする権利を譲渡しよう。
パチパチ〜
もともとこの家には認識阻害の魔法をかけた入り口を作っているからこの世界の人は基本的に出入りすることはできない。もちろんこの部屋には入り口よりも強力な認識阻害をかけて地球人以外には簡単に見つからないようにしているよ。この世界の人間はもちろん地球以外から召喚された人に僕のものはともかく仲間と一緒に作り上げたものを使われるのも癪だしね。
とは言え地球以外の人間が召喚された時のセーフハウスがあったほうがいいし認識阻害を解除できる人もいるから上の部屋をダミーにして二段構えにしたんだ。他にも認識阻害してまで隠した家にお宝でもないと他にも隠しているように思われそうだから僕が作った魔道具や宝石をこの部屋の前に置いてカモフラージュまでしたんだよ。僕って賢いでしょ!?
残ってるならもちろん好きに使ってくれて構わない。残ってないなら残念だが諦めてくれ。誰か持って帰ったんだろう。どうせこの先の秘密基地にもっといいものがあるから問題ないよ。』
そこからはこの家の備え付きの道具や隠し部屋についてを図解付きで事細かに説明が書かれていた。
もちろん転移陣のことも書かれていたが万が一悪人に利用されては大変だということで転移陣はすぐに使えないように細工してるらしい。
そんなことが書いてる時点で使い方を説明してしまっているように思うのだが悪人だとこの部分まで読み進められないように魔法で仕掛けを施しているから問題ないみたいだ。
おそらくSAN値チェッカーみたいな魔法が仕掛けられていたんだろう。通りでいちいち話がそれるわけだ。
転移陣を使うにはこの部屋の中にある書物にヒントを隠しているから自分で調べるように書かれていた。
他にも転移に使うための石は魔石よりも高濃度の魔力が保存されている魔結晶というものを使うらしく魔結晶は自分で確保しろと書かれている。でもこのお人好しの家主のことだからもしかしたら家のどこかに隠してあるかもしれない。期待はしないが探してみるのも一興だろうと考えつつ最後の1ページを読み進める。
『最後にこの手記を読んでる君。僕たち地球人は本来魔力というものを持っていない。地球環境には魔力の元となる魔素がないのだから当然なのだが、召喚される際にはこの世界に漂う魔力と魔素に身体を適応させるために魔力を身体に流し込まれて時間をかけて身体を作り変えられる。正確に言えば召喚された時点でかなり身体を改造されてしまってはいるが微調整やらで完全にこの世界に適応するまでの期間がおよそ6ヶ月。
その間は魔素を強引に魔力に変換しているんだけど変換しきれない魔素があるみたいだ。変換できなかった魔素の量にもよるんだけど当時の仲間にそれで死んだ者がいる。どうやら純粋な魔素は毒物のようなんだ。この世界の病気に魔素中毒症候群というのがなかったら気づかなかったよ。
僕の調べによると余分な魔素は臓器に溜め込むようでね。それもその人によって違うんだ。症状も違えば魔素を取り除く方法もその人次第。薬で取り除ける人もいれば特定の行動によって取り除ける人がいる。もし体調に異変がある場合はそういう可能性があるとだけ覚えておくといい。魔素を溜め込む臓器を調べる方法、除去方法は他の本に書き記しておくので探してね。
何度もからかって申し訳ないがどうか幸せに生きてくれると僕は嬉しい。
僕もこの世界に来て不幸だと仕返ししてやろうと思っていた時期がある。だが考えて欲しい。仕返しをするよりもせっかくの異世界を楽しんで生きた方がいいと思うんだ。魔法だよ!冒険だよ!ダンジョンだよ!!なんでもいいこの世界の楽しいことを探して欲しい。
やり返しても虚しいだけだ。僕は経験者だからね。
なんの慰めにもならないだろうがこの世界に来た時点で大なり小なり命の危険はあったということだ。特に戦闘職や上位職が発現したものはかなり高確率で死の兆しがあったと思ってくれていい。
異世界に来てしまったが助かった命を無駄な時間に費やさず幸せになってほしい。
追伸
勇者召喚からしばらくは次元が安定しないので時間差でいろんな世界の人間がこの世界に引き込まれるようだ。どこに現れるかもわからないがもし出会った時に余裕があれば助けてあげて欲しい。』
「ふぅ。まじか…」
一息つくと手記を机の上に置いて天井を仰ぎ見る。
初めの方のふざけっぷりから最後までいろんな意味でしんどい内容だった。
軽い調子で書いてるがさらっと仕返しが虚しかったとか書いてる以上相当血なまぐさいこともしてるはずだ。
大多数が争い嫌いの平和主義、悪く言えば平和ボケした日本人がそこまでしたと考えれば一体どれほどのことがあったのかあまり想像もしたくない。
「はぁ、死ぬかもしれなかった、ねぇ…」
ちょっと憂鬱になりつつもこの家のことを書かれたこの手帳は女子高生2人にも読んでもらうべきだろうと思う。
認識阻害を使って隠れたこの家は外に出るときには人がいるかどうか確認する必要がある。場所がバレてしまうと隠れてる意味がないからだ。
そのための野外監視システムがあるようでその使い方を知っておく必要があるのだ。他にも上の家はダミーでこの書斎からちゃんとした生活スペースに移動する隠し扉があるみたいだし裏口の場所もかいてる。
俺が教えてもいいがどうやって知ったのか聞かれるとどっちにしろ読むと言いだしそうなので早いか遅いかの違いだ。
とはいえ本当に読ませていいものなのか……
椅子から立ち上がり手記を持って階段を登る。