雪山
薄暗い石造りの地下道の中、LEDライトの明かりを頼りに走り続ける。
不幸中の幸いと言うべきかLEDの光は直線的にしか光らないようでほとんど前しか照らすことができない。
何が良かったのか?無駄に広範囲に光を放つと「ここにいるよ」と知らせてしまうからだ。後ろの3人には明かりが少ないのは申し訳ないと思うがこればっかりはリスク管理として妥協してもらおう。
地下道には分岐があり地図がない俺にはどっちに行っていいのか分からないが足音の反射で道が塞がっているかどうかぐらいはなんとなくわかる。
小説の知識だが音は振動によって聞こえる。音が返ってくる時間によって行き止まりかどうかがわかるそうだ。
極限下に置かれた今だからこそ感が冴えてるだけなのかもしれない。
だがそんなことはどうでもいい。
今は逃げれるかどうか
極論それ以外どうでもいいのだ。
仙人というジョブのおかげか肉体的疲労はそんなに感じない。後ろの3人も歩くペースが変わらないので似たようなものだろう。
何度目かの分岐で少し水の音が聞こえてくるが異臭も放っている。
下水道が近いようだ。あまりいい気分では無いが下水道に沿っていけば外には出れるはずなのでそっちに向かって歩く。
「臭ない?」
「ちょっと…」
後ろから女子高生の声が聞こえる。
「下水道があるんだと思う。匂いはきついかもしれないけど外にはでれるはずだよ。」
俺がそう言うと「やっと」「外」と言う安堵の声が漏れ聞こえる。
しばらく歩き下水道まで出てくると少しひんやりとした風が吹き抜ける。
風の流れがある。それだけで少し興奮してしまう。
左右を確認するとやはり外につながっているようで小さな排出口がある。下水だけが川に流れるようにちょっとした隙間しか空いていないように見えるが水深1メートルの下水道だ。汚れることを許容すれば潜って出ることぐらいはできるはず。問題は鉄格子がはめられ人が出入りできないようになってることだがこの下水道を作ってから一度も整備に来たことがないのだろう。鉄格子が錆びて崩れてしまって完全に役目を失っている。
「ここから出れるな。」
「え…」
「マジ?」
俺の言葉にちょっと引き気味の女子高生。正直言えば俺だってここから出るのは嫌だ。だがここ以外の場所を探して彷徨ってるうちに捕まる可能性を天秤にかけると選択肢などない。
それによく見れば特に汚物が流れているわけでもない。下水といってもちょっと匂いがキツイだけの生活排水というやつなのだろう。
「うわ〜。せめて水着が…」
「あ〜確かに。ちょうど今日の体育水泳やったしな…」
選択肢がないことに気がついているのか顔を引きつらせつつもそんなことを言っている。
そこでふと思い出す。次元収納に色々突っ込んでた時に一緒に入ってる気がする。
「黒い渦に一緒に巻き込まれたやつなら全部回収して来たからあるかも。水着ってどんなカバンに入れてた?」
「え?本当ですか?」「マジで!」
「私のは白地に赤の水玉バックです」
「ウチのは猫書いてるやつや。んで美咲は白と青のストライブやんな?ってあれ?美咲は?」
ふと気がつくとビッチ改め美咲の姿がない。
「美咲ならトイレってそこの角に」
黒髪ポニーテールが下水の分岐してる角を指差す。
「そっか」
赤髪ジャージが納得する。俺は危ないような気がしつつも覗く訳にもいかないので今のうちにとポケットからコンビニのレジ袋を取り出して手を突っ込むと聞いた特徴のカバンを取り出す。
「「え!」」
レジ袋から自分のプールバックが出てくるとは思ってなかったのか2人とも驚きの表情を示す。
「ん?あぁそっか。君らは頭に変な情報入ってこなかった?」
「え、あぁなんか頭痛と一緒に」
「ウチもあったよ」
「そっか。じゃあなんかジョブっての取得してるよね?」
「はい」
「その能力の一つなんだよ。ゲームでよくあるアイテム袋みたいな感じ、かな?」
そう説明するとぽかんとした表情でレジ袋とプールバックを交互に見る2人。
「えっと、じゃあそのレジ袋が能力ってこと?」
「いや、ポケットとか袋、カバンを介して異次元に収納してる感じかな。四次元ポ○ット的な?もちろん人間は入らないよ?」
赤髪ジャージの質問に答えると今度は黒髪ポニテが質問を投げかけてくる。
「生き物は入らないってこと、ですか?」
「いや、言い方が悪かったかな。植物は入るみたいだし虫とかも入れようと思えば入る。ただこの収納の中は酸素とかないみたいだし時間もほとんど経過してないみたいだから死んじゃうかもって意味なんだけど、にしてもさっきの子遅いね」
説明してるうちに美咲も帰ってくるかと思っていたが一向に帰ってくる様子がない。
「あれ?ちょっと見て来ます。」
「あ、ウチも」
2人もおかしいと思ったのか小走りで下水の分岐部を見にいく。
「みさ〜もしかして大きい…」
「「え…」」
赤髪ジャージが下品なことを口走りつつ角までから顔を出すが様子がおかしい。
「まさか!」
もう追っ手が?
最悪な事態が頭を駆け巡り2人の元に駆け出す。レジ袋からさっき兵士からかっぱらった武器をガサゴソと探しつつ角を曲がると赤髪ジャージの方が何かを拾い上げているところだった。
「これ…」
「追っ手は?」
「ケータイが」
美咲の影も形もなくスマホだけが落ちていた。
何が何だかわからないがまず状況確認だ。
さらわれたのならこの辺に追っ手がいるはず。
「え!ちょ!これ」
俺が周囲をうかがっていると赤髪ジャージが驚きの声を上げる。
「ど、どうしたの?」
心配そうな黒髪ポニーテールにスマホを見せる赤髪ジャージ。
周囲を警戒しつつ俺も画面を覗き込む。
===========
<メモ
やっぱり武が心配だす
みんなには悪いど助け行って来ます
私魔法使えらみたいだかる大丈夫
先に逃げて
みさき
===========
スマホのメモ機能には焦っていたのか誤字脱字の多い書き置きがあった。
その割にご丁寧にロックを解除してメモ帳画面を残して余裕があったのかなかったのかちょっとわかりにくい。
いや、元からロックしない派かもしれないから
じゃなくて!!まずいまずい!彼氏くんに頼まれたんだって!
どどどどどうしよう!!
「これ…助けに行かなきゃ」
突然のことにテンパる俺をよそにポツリと黒髪ポニーテールが助けを主張する。
「でも先逃げろって」
「ほっとけないよ。私だってジョブってのが」
「ウチかて助けたいけど…武器も何もないんやで!」
助けたいと主張する黒髪ポニーテールに声を荒げる赤髪ジャージ。
「………でも」
ガチャガチャガチャ
『こっちで声がしたぞ』
2人の言い争いでこっちの場所がバレてしまったらしい。
「言い争いしてる場合じゃない」
言い争いを止めるが俺にもどうしていいのかよくわからん。
助けたいがそのせいでこの2人までどうにかなってしまうことを考えれば…
そう思うと自分の意見を出せない。
「どうする?」
「逃げんで」
「…わかった」
こう言う時は女性の方がしっかりしている。
新婚旅行の海外で男が頼りないとか聞いたことがあるがこんな気持ちなのだろうか?
益体もないことを考えつつも渋々逃げることを許容する黒髪ポニーテールの背中を軽く叩く。
「俺は追っ手が来ないか見張っとくからその間に着替えて。荷物は俺の収納に入れるから今着てる服は汚れないはずだ」
「「はい」」
そういうと来た道を少し戻って追ってくる兵士がいないか警戒する。
警戒しながらも自分の服やズボンをレジ袋にしまう。時間短縮は大事です。
1人ならパンツまで脱ぐところだが流石に年頃の女子の前では憚られるのでパンツはそのままだ。
外の空気が水路から吹き抜けパンツ一丁の姿では寒い!!
先ほど隙間から外の様子を見た限りでは雪が積もっていたので今は冬なのだろう。こんな自殺行為の姿でアホじゃないかと思う。
しばらくすると下水路に入る分岐の向こうからゆらゆらと淡く光るものが見える。どうやら追っ手が来たようだ。
後ろ手にLEDライトを数回チカチカと点滅させる。追っ手が来た時の合図だ。
「着替え終わったで」
ちょうど着替えが終わったようで助かったと思い振り返るとスクール水着を着た美少女が2人。
先ほどまでは体のラインがわかりにくい制服とジャージだったが今はくっきりはっきりと見たまんまのスクール水着!
黒ポニテ>赤髪
え?なにかって?ご想像にお任せします。
ほんの一瞬の思考を振り払うとすぐに着替え終わった荷物をレジ袋を介して次元収納に入れる。
緊急事態、背に腹は変えられないとはいえ年頃の女子高生の2人は下水に入るのを未だに躊躇している。
友達は彼氏助けにいくし下水に入らないと逃げれないしで踏んだり蹴ったりだろうがこればっかりは頑張れとしか言いようがない。
ぐだぐだとしていても追っ手が近づいている。男の俺が度胸一発水に入ると大きく息を吸い込んで鉄格子の隙間から外にでる。
いざ入って見てわかるが下水というイメージが匂いを強く感じさせ汚く見せてるだけではっきりいうと魚も泳いでいるし日本のドブ川よりは綺麗な感じだ。
「ぷはぁ!」
川に出るとまずは左右の確認。特に人がいる様子はない。今立っている場所は大体1メートルほどの深さで流れはそこまで早いわけではないが一歩川の方に向けると何メートル深さがあるのかわからない。川幅は100m以上あるだろうか?
川の下流はちょっと濁ってるように見えるが上流は澄んだ様子で仙人というジョブの中にある何かが飲み水にもできそうだと訴えている。
「外は大丈夫そうだ。上流は水も綺麗だから体も洗えそうだよ。」
そういうと2人が顔を見合わせてから意を決したように水に入る。
よほど冷たかったのか「ひっ!」と小さく悲鳴をあげつつも2人とも脱出して鉄格子に掴まる。
「次はここを渡るんだけど川の横断ってできる?」
俺は子供の頃田舎で育ったので何度か川遊びで経験があるので可能だ。だが都会の女子高生なら普通に無理だろうことはわかっているがもしかしたら川遊びをしたことがあるかもしれないという淡い期待もあるので聞いてみる。
「普通に泳げばいいんですよね?」
「いや、川は流れもあるから普通に泳ぐと流されちゃうんだ。深さもどれだけかわからないし中程からの速さもちょっと予想できないな。」
「ウチ泳げますよ。何度かおとんの田舎で泳いだことあります」
「この距離でもいけそう?」
「あ〜…なんとか?」
「あ、じゃあ俺が往復する方がいいかな?」
「いや、でも後ろ来とるんですよね?やれます!いや、やります!」
「…わかった。じゃあそっちの黒髪の」
「彩香です。あやでいいですよ。」
「ウチは真奈美」
「お、おぅ俺は賢治。で、あやは俺の背中に掴まって真奈美は俺の後ろについて来て」
少し不安になりつつも時間がないことは確かだと思い赤髪改め真奈美を信じることにした。
彩香を背負うとふかふかの…なんでもない。
煩悩よ去れ!!
真面目な時にこの股間の疼きはかなりやばいと思いつつも生理現象は止められない。
まだバレていないようだしすぐさま川を渡り始める。
この川よくみるとカーブになっていたようで川の中程に近づくと少し流れが早い上に底が見えない。俺の後を泳ぐ真奈美は俺が水の勢いを殺すように泳いでいるためになんとか泳げているようだ。
くそ!かなり体力を使う。
ちょっといいカッコしようと往復とか言ったがこれ無理だよ。
真奈美が泳げると言ってくれてよかったと心底思う。
「ひゃ!」
水の勢いに驚いたのか彩香が背中に強くしがみつく。おっぱいが暴力的だ。
「うぐ!あ!」
一瞬首が閉まりそうになりつつも背中の幸福感に集中する意識!
男というものは業が深いと思いつつも少しすっきりとする下半身。
やべ!ば、バレてないよね?
中程を過ぎると徐々に緩やかになる流れに少し安堵しながらも油断せずしっかりと泳ぎきる。
真奈美もなんとか泳ぎきることができ息を荒げつつ雪が積もる川岸に上がる。
10㎝ほど雪が積もり辺り一面真っ白な寒空の元にスク水2人と半裸の男。犯罪臭しかしない。
いざ水から上がると水中の方が暖かいことに気づく。
「さむ!」
3人とも歯をガチガチと鳴らして不気味な音楽を奏でているようだ。
すぐに手首に結んだレジ袋を広げてプールバックを取り出すと2人に押し付ける。プールバックを受け取った2人は川辺にある大きめの岩に隠れて着替えるようだ。
まぁいくら寒くてもちゃんと隠れるという思考ぐらいは残っているよな。
余計なことを考えるが俺も早く着替えないとどんどん体温を奪われる。
幸いと言っては不謹慎だが美咲がいなくなったことで美咲のプールバックが手元にある。プールバックには少し湿ったバスタオル。犯罪臭しかしないが…許せ!
お、使用済み水着にした……失礼。一度脱ぐと毎回変えるタイプなのだろうな。何を?何をだ。
にしてもジャージも一緒に入ってるのはなんでや?
2人が隠れた岩の反対側に移動すると手早くバスタオルを出して体を拭く。
あ、ちょっといい匂いが…失敬
手早く着替えをすませると辺りを見渡す。
川の向こう側には大きな壁がありその向こう側に城のようなものが見える。壁は川に沿って作られており見渡す限り渡ることはできなさそうだ。服の調達という意味ではがっかりだが追っ手もすぐにはこれないと思うとまぁ妥協すべきところだ。
振り返ると今度は林なのか森なのか木々の生い茂る場所だ。
緩やかな斜面になっており今の装備ではなかなか厳しいような気がする。
周囲を見回しているとお揃いのジャージ姿の2人が岩陰から出てくる。
「ジャージ?」
「体操服です。制服はちょっと匂いが…」
「あぁそっか。でもジャージ持ってたんだ」
「えっと、プール見学になった時とか念のために…」
水着持ってるのに見学になることもあるのか?怪我?ズル休み?念のためって…そういや今のバックにも入ってたな。
彩香は真面目そうに見えるが不真面目なのだろうか?と考えてハッとする。
「なるほど」
この会話をなんとなく察する俺は大人なのだろうか?それとも変態なのだろうか?
荷物は最小限にした方が良さそうなのでバックを受け取るとレジ袋から大学の冷房対策にと持っていた上着を取り出すと2人に渡す。カーディガンを真奈美、パーカーを彩香。ないよりはマシだろう。それからコンビニの雨合羽もあったので防寒対策になるのかわからないがこちらも着ると移動することにする。
城から見えないように木の陰に隠れて移動だ。
上流にするか下流にするか。軽装で上流を目指せますか?無理です。
ということで下流に向かって歩きたいがちょっとした崖になっている。どう考えても一度上流の方へ向かって登る必要があるみたいだ。
どこかで服でも調達しないことには死にそうな気もするが今は逃亡中。暖を取れる場所かカマクラを作れる場所に移動しないと死ぬしかない。チラチラと降り始めた雪が体力を奪う。しばらく歩くと冷えた体が尿意を催す。
「ちょ、小便」
振り返りながらそう言うと「ウチもや」「わ、わたしも」と全員我慢していたようだ。
「じゃあ順番でその辺に」
そう言いながら辺りを見回すが真奈美が「もう無理!」と言いながら近くの木のそばにしゃがむと彩香もそれに続く。羞恥心はもうないらしい。色々と限界を超えているのはわかるが一瞬唖然として目を奪われるが雪から立ち上がる湯気が絶妙に大事な部分を隠している。
俺も我慢出来ないのでその辺で済ませると本降りになりつつある雪の中を再び歩きはじめる。
ザクザクと雪の中を歩いているとガサッと倒れる音がする。
「あや!」
振り返ると彩香が倒れている。
意識はあるようだが寒さで手足に力が入らないのだろう。川に入ったことでかなり体温を持ってかれた上に先ほど用を足したためにさらに体温が低下したのだろう。
「俺の背中に」
彩香をおんぶすると足を動かす。すでに陽は落ち始め辺りは薄暗闇。
どこか風除けになる場所を早く探さなければ!
真奈美にLEDライトを渡して少し前を歩いてもらっているが今どの辺りにいるのだろうか?登っていることしかわからない……
暗くなるにつれて雪が強く吹雪はじめる。
しばらく歩いていると真奈美もガチガチと歯を鳴らしうずくまる。どうにかしなければと思いつつレジ袋を漁る。
さすがよろず屋と呼ばれるコンビニというべきなのか怠け者というべきなのかカイロがあった。
真夏に買うやつなど見たことないが今は「ありがとう」と言いたい。
もっと早く気づいていればと思いつつカイロを取り出しお腹と背中に入れる。後のことを考えると無駄遣いはできないので女子高生2人だけだ。
他に何かないかと次元収納を漁ると防災グッツが出てくる。中にはロープが入っていた。なぜロープがあるのか疑問だが今はそれがありがたい。
ロープを使って体の前後に女子高生を装備すると轟々と吹きすさぶ吹雪の中、暖をとるため風除けを探して山中を歩き続ける。