とりあえず逃げる!
全身に受ける衝撃と共に目がさめる。
「つっ…」
強烈な頭痛で意識が飛びかけるもなんとか持ちこたえて体を起こす。
目をこすり辺りを見回すと眼に映るのは石造りの部屋でコンビニでも病院でもない。広さはよくわからないがコンビニの商品や棚、本、果てはトランクルームのものであろうスーツケースなどが山積みになっている。
一瞬地震の所為だとも思ったが天井があるどこか部屋の中というのがどうにもおかしい。
混乱する頭の中に膨大な情報を叩き込まれ先ほどと似た頭痛が走る。
「うっ!ふぅ〜…夢じゃ、無いのか……」
叩き込まれた情報のせいで痛む頭が夢でないことを知らせる。
頭にこびりつくよくわからない情報の羅列。みたこともない文字が頭の中を駆け巡り断片的になぜか理解できる情報が浮かび上がる。
勇者召喚
俺たちは勇者(?)として召喚されたらしい。バカバカしいと思いつつも否定できない自分がいる。
激しい頭痛に耐えながら強引に意識を外に向けるともう一度周囲を見渡す。これだけ散らかった惨状の割に頭以外特に痛む場所がないことから何か不思議パワーが働いたのかもしれない。それを証明するのかコンビニの壁やら天井の残骸があるにもかかわらず商品や棚には一切傷ついてるように見えない。
おそらく吸い込まれた後に不思議パワーで保護されたのだろう。
「ん?」
よく見ると先ほどコンビニにいた女子高生3人と初めに吸い込まれた男性店員それからレジのおっさんが床に倒れてる。
他にも鎧姿の兵士らしき人やローブを着た魔法使い風の男が数人ピクリとも動かず倒れている。
「死んで、ないよな?」
恐る恐る一番近くの女子高生に近づくと呼吸はしているようで胸が上下しているのがわかる。
『お、おい!さっきの音大丈夫だと思うか?』
『あ、あぁ…確かにすげぇ音だったな。だが賢者様は空間を開くのに大きな音がするが気にするなと言ってたぞ?』
『いや、そうだが…』
『護衛の騎士もついてるし大丈夫じゃないか?』
『だが今の音だぞ?』
『不用意に開けるなと言われただろう』
『そ、そうだったな。ならしばらく様子見てから声かけるか?』
『それがいいだろう』
外から聞こえてくる声。聞いたことのない言葉だがご丁寧に頭の中で翻訳してくれる。
翻訳に感謝しつつも内心は焦る。どうやら時間がないような気がする。
先ほどの頭痛が治まってくると頭に流れ込んで着た情報が整理されてくる。今理解できる情報からするとこの世界にはジョブというものが存在するらしい。自分の中に集中すると頭の中にジョブが浮かび上がる。
仙人
どうやら仙人というジョブだそうだ。
なぜこんなジョブなのかと疑問に思うが無職とかフリーター、ニート、況してや奴隷でなかったことにホッとする。
このジョブで何ができるのか色々と頭に流れ込んでくるが確認する時間はない。
頭の中の情報によると勇者召喚でこの世界に来たとなっているのでジョブが勇者ではない時点で巻き込まれたに違いない。この状況はよく漫画かアニメか小説なんかであるがどれもこれもろくなことになりそうにない。
これは戦争に巻き込まれるパターンが一番多いはずだ。誘拐されて相手の言いなりなんて俺はごめんだ。
もう一度周囲を見回す。
石造りの部屋に金属製のドアが一つ。床から三メートルほど上に換気用の小窓がいくつかあるが大きさ的に脱出はできそうにない。
今見回した感じからするとこの部屋から逃げ出すことはできなさそうだ。
「どうしよう」
どうしようもなく不安に駆られる心境に心臓の鼓動が大きく早く走り出す。
思考停止気味の状況で何をしていいのか全くわからない。
「そ、そうだ。こんな時は巻き込まれ型の小説を参考にしよう。主人公は何してた?」
何作か読んだことのある異世界召喚の小説を思い出しながらどうするべきか考える。
1、とりあえず話をして「私勇者違う」と言い国王からお金をふんだくって城を飛び出す。
2、兵士を人質にして逃走。
3、魔法使いっぽいやつを人質にして逃走。
4、正面突破あるのみ!
小説知識によると隷属されるタイプだと交渉の余地はない。隷属タイプなら今もその状態かもしれないし、この後何かされるのかもしれない。次に今気絶しているであろう兵士やら魔法使いを人質にしても下手すりゃ人質ごとアポーンされるんじゃないだろうか?
例えば兵士を人質にしたとする。鎧をまとった兵士。金属鎧と皮鎧の差はなんだろう??ここは皮鎧を人質にするとして、日頃から訓練してるであろう兵士を人質?あれ?
無理でしょ!
となると魔法使いだ。魔法使いを人質にするとだな。変な魔法をかけ、ら、れ…うん多分こっちも無理だ。長々と詠唱してくれるならともかく魔法の発動がどういったものかわからない。
これ人質とるどころじゃねぇわ!正面突破とか神風特攻隊じゃあるまいし論外。
「とりあえずあれだな。片付けよう」
いくつか思い当たる解決策を考えたがどれもこれもできそうにないのでまず散らかった部屋の中を片付けつつ使えそうなものを手に入れることにする。
今使えるものは何か把握し、道具を確保する必要があるだろう。片付けてる間に何か思いつくかもしれないしな。
幸いにも仙人の持つ能力の中に『次元収納』というスキルがあるようで使い方も頭に入ってる。
とある青だぬきのロボットのように四次元空間に物を収納することができるらしい。ただし!発動条件にカバンのような入れ物が必要らしい。入れ物ならツボでも箱でもそれこそポケットでも構わない。
それって所謂マジックバックって言わないか?とも思うが入れた先の空間は同じで四次元空間を開くための入れ物が必要ということだ。だから右ポケットに財布を入れて左ポケットから出すなんて手品みたいなことができる。ただし入れ物の口の大きさの倍ほどの大きさまでしか出し入れできないという条件がある。
極論でっかいカバンを作れば家も入るのだ。まぁそんなカバンどうやって作るのかと家を地面から切り離すのはどうするのかという問題があるのだがな。
閑話休題
とりあえずその辺のものを背負っていたリュックに突っ込みつつ使えそうなものを物色する。
一瞬躊躇するような商品も転がっているが何が役に立つかわったものでもないので全て回収する。
食料になりそうなものはもちろん栄養ドリンクに乾電池、ハサミにホッチキスもどんどん回収する。途中手に取った10リットルのゴミ袋の方が効率がいいと気づきリュックからゴミ袋に変更すると袋の口を伸ばして黙々と作業を続ける。誰のわからないカバンにスーツケース、瓦礫も含め何が使えるかわからないため全部収納だ。明らかにコンビニ一件分とは思えない量だが無心で作業をすること5分。あっという間にほぼ全て回収し終えるとゴミ袋をポケットに突っ込む。もちろん気絶中の兵士諸君らの手放した武器に落ちてた財布っぽい巾着も収納済みだ。
こんなに早く作業が終わるとは思っていなかった。
なるほど極限状態にはとてつもない力を発揮するとは言ったものだ。
いやそういうことじゃないからとツッコミを入れたいところだが生憎と賢治に突っ込む奴などここにはいない。
本来次はどうするか考えるところだがコンビニの残骸(鉄骨)が地面を抉って部屋の外に出れそうな隙間が空いているのをすでに確認済みだ。
穴の大きさは大したことないが人一人が通るぐらいはどうにかなるだろう。隙間は下の空間に通じているようだが薄暗い通路のような場所だ。若干カビっぽい匂いがするので地下の使われていない通路なんだと思う。
だが1人で逃げるのも忍びない。というか女子高生のカバンも次元収納に入れちゃったから泥棒みたいで気がひける。
え?コンビニの商品?そんなもんノーカンだノーカン。背に腹はかえられんよ!ましてや誘拐犯から何をもらっても慰謝料、いや迷惑料?どっちでも良いけどこれで勘弁してやろうというのだから感謝してもらいたいものだ!
さてと、とりあえず近くに寝てる女子高生を起こすことにする。
「起きて、大丈夫?」
肩を軽く叩きながら声がけする。
大丈夫なわけないのにこの掛け声。日本人という国民性がよく出ている。
「うっ、つっ、んぅ」
まずは一番大人しそうな黒髪ポニーテールを起こす。
「大丈夫?」
「え?あ、え?ここは…」
意識を取り戻した黒髪ポニーテールが周囲を見渡してから顔を青ざめる。
「え?夢?いや、え?」
「落ち着いて。今騒ぐと大変なことになるから」
パニックを起こし始める黒髪ポニーテールの目を見てゆっくりとそういうと口を真一文字に結んでコクコクと首を縦に振る。
「お友達起こしてくれる?大きな声出さないように注意してね。ほら」
鎧を着て気絶した兵士を指差す。
「あいつが起きたら俺たちただじゃ済まないと思うんだ」
「ひっ!」
「し!」
気絶した兵士の握る槍を見て悲鳴をあげそうになる黒髪ポニテの口を押さえると人差し指を口元に添えて静かにするようにジェスチャーで伝える。
他の女子高生2人も同様に起こしたところでコンコンと金属扉を叩く音がする。
『賢者様、経過報告願います。』
まずい!時間切れのようだ。
とりあえず目を覚ました女子高生3人にえぐれた地面から出るようにジェスチャーを交えて口をパクパクと動かし『出ろ!』と指示を出す。目を覚ましたばかりで状況もよく把握できていないだろうがなんとなくヤバイことはわかっているようで言われた通り隙間から脱出する3人。その間に残った若い方の男性店員の方を揺すって強引に起こす。チャラい男なんて乱暴でいいのだ。おっさん?時間無いから無理。若者優先は当然だろ?許せおっさん多分君が勇者だ!違うかな?違うか。
「うっ…ここは?」
「説明は後でするから静かについて来て」
ぽかんとした表情の男性店員に小声でそういうとすぐにえぐれた地面に滑り込む。
『賢者様、経過報告をお願いします』
扉の外からの声に少し焦るがどうにか強引に体をねじ込む。
ドサ!
「いっ!」
尻を強打してしまう。
さっき確認していたのに焦りすぎていたようだ。
女子高生3人も律儀に待っていたようで少し怯えたように俺の様子を伺っている。
「う、つつ。なんだここ!地震は?何があったんだ!!誰か説明しろ!?」
大声で叫ぶ声。日本語であることからレジのおっさんが起きたことがわかる。
『失礼します!』
バタン!
中の様子がおかしいことに気づいた兵士が扉を開ける音がする。
「君、早く」
店員くんを見ると若干ビビりつつ隙間に飛び込む。
「武早く!」
焦ったように声をかけるビッチ。
「ぐっ、きつっ!無理。入らん」
どこの下ネタだよと若干空気の読めない思考をしつつも足を引っ張る。
「い!痛い」
『何をしている!』
「うお!ななななんだお前!どこだここは?誘拐か!け、警察!警察!!」
『なんだこいつ!?これが勇者か?』
「ゆう、なんだ?なんなんだお前ら!説明しろ!!」
『離せ!おい!貴様!!ええい邪魔だ!』
「ビャガ!」
おっさんが何やらわめいていたがすぐに変な声とともに声が途絶える。
これは奴隷パターンのやつに違いないと確信する。
「な!てんちょ、くそ!痛っ!この!離せ!ばか!」
「武!」
「みさ、美咲!行け!誰か頼む美咲を!いっ!この!」
『他にも誰かいるぞ!』
『この穴どこに通じてる!』
『地下だ!地下道に逃げたぞ!』
仲間を逃す勇者のような自己犠牲をする男性店員。ビッチの彼氏…確か剣道部の武くんが必死に穴から出されまいともがいてこちらの顔や人数を悟らせまいとしている。(賢治の勘違いです)
何こいつ、ちょーイケメンじゃねぇか!
ごめんよ。つい数十分前まで君のこと誤解してたよ。
「逃げるよ」
「え!でも武が!」
「俺たちを、君を助けるためだろ?彼、えっと武くんは君を助けるために頑張ってんだ。逃げるよ」
「いて!この!」
「早く!」
「「は、はい」」
俺が急かすと他の女子高生2人は少し気まずげにしながらも同意してくれる。
ポケットからキーケースを取り出すとキーホルダーのLEDライトをつける。
地下道という言葉とこの薄暗さ、それにカビ臭さから察するところ非常用の出口か下水道あたりなんだろう。
左右を確認すると若干坂になっているのがわかる。こういう時は下った方がいいだろう。
罠があるかもしれないがそんなの調べ方が分からないから警戒したところでどうにもならん。最低限の注意しながら走るしか選択肢はない。
後ろの方でタッタッタと足音を立てる女子高生と鼻をすする音を背負いつつ先導する。
走り始めてすぐ男のうめき声とガチャガチャとした金属音が聞こえたような気がした。