君と話がしたい
テレビを見ながら、さっき入れたばかりの温かなコーヒーを飲む。少し奥まった所にあるマンションの高層部に位置するこの部屋は、都会の喧騒とは無縁だった。
一面のガラス窓のほんの隅を開ければ、爽やかな風が通り抜ける。
コーヒーをおかわりしようとソファから立ち上がった時、視界の端でゴボゴボと音がした。
「おはよう、ゼロツー」
視線を向けた先には、大きな水槽。挨拶をしたのは観賞魚……ではなくそこに閉じ込めてある少女。
私の声に反応したのか、水槽ギリギリまで近づいてきた。じっとこちらを見つめてくるその瞳からは、明確でいて、強迫ともいえるような「出してほしい」という意志が感じられる。
──うっかり要求に応じて出そうものなら、またこの失敗作は投身自殺をするだろう。飛びたいという執念のもと。
四六時中見つめられているこっちの身にもなってほしいものだ。本当は私のその向こうにある、ガラス窓に広がる景色を見ているのかもしれないが。
しかし、白目のない真っ黒な瞳がどこを向いているかなんてよくわからない。ちらっとでもそちらに顔を向けてしまえば、凝視されているような錯覚を起こす。
「出さないんだからそろそろ諦めたらどうだ」
ため息混じりにそう話しかけると、ゼロツーは意味がわからない、と言いたげに首を傾げた。
返答が来ないことなどわかりきっていた。今まで何と言おうと、何をしようと、何が起きようと、ゼロツーが言葉らしい物を発した事は無かったし、身振りによる人らしいコミュニケーションを見せた事も無い。
感情の起伏自体とても乏しく、無いに等しい。声には反応するが、所詮ただの反応だ。
だけれど。何かを期待しているのか、はたまた紛らわせたいのか。私は度々、ゼロツーに話しかけている。自嘲気味に笑った時、ふと考えが頭をよぎった。
──もしかしたら水槽の液体を抜けば、何か変化が起きてくれるんじゃないか。
もちろん空にはしない。そんなことをすればあっと言う間にゼロツーは水槽を突き破り……。
だから、半分だけ。半分だけ抜いてみよう。好奇心からか、緊張からなのか。少しだけ胸を高鳴らせながら、排水のスイッチを押す。
少し重たい音を響かせながら、機械が水槽の液体を抜いていく。ゼロツーの肩ほどまで抜いたところで停止させた。
鳥が背伸びをするように、ゼロツーは髪を翼に変化させ広げる。それはガラスを突き破ることなく、少しの間を置いて閉じられた。
こいつの翼も凝るんだろうか。そう思った時、ゼロツーがおもむろに口を開いた。僅かに緊張が走る。
「……きゃるるっ」
「なんだ、喋るわけじゃないのか」
ふふっと苦笑すると、ゼロツーはまた首を傾げた。
鳥によく似た、美しいその一鳴きを私が忘れることはおそらくないだろう。