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世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
この世界の営みに目を向けよう
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不思議な家庭菜園

 ぐする<ファミリア>と別れた後、烏綱さんに袖を引っ張られる形で魔女の工房に案内されることになった。


 道中は最初に落っことされた無限の回廊よろしく、見ているだけで不安になりそうな先行きの知れない空間が続いていた。


「そういえば、この場所。バカみたいに広いですけど、スペースはどうなってるんですか?」

「なんだ、知らないのか? 空間を拡張して場所を確保してるんだ。実際のスペースは一軒家とさほど変わらん」


 …空間、拡張? 首をひねる今の姿は、目の前の背格好の低い見た目だけ女の子には、多分マヌケなこけしみたく映っているだろう。


「まあ、知らなくても不思議でないか。何せ空間に干渉する技術はそちらから換算して五百年は先のものだ。おまけに再現も量産も難しいから、今じゃここくらいでしか使われていない」


 ふと、ここの外側…蜘蛛の巣が巨大な橋として張り巡らされたビル郡を思い返す。あっちも大概だが、獣人としての能力を軸とした街とは違い、この無限回廊は人間の智恵の再現であることが決定的な違いだ。


「…古めかしい魔女の工房は、その実ハイテクって訳ですか?」

「そういうことだ。ここの上に暮らしてる連中は、自分で作って切り開くのを良しとする連中が多いからな」

「なんとも、逞しいです」

「だろう? まぁ、奴等も多少は利用するとはいえ、全部を依存するのは嫌だという。だからここみたいな、技巧ではなく技術の塊みたいな場所には、あまり寄り付きたくないんだろう」


 …それには多分別の要因もありそうだ、と言いかけたが、黙って言葉を呑み込む。今度は頭蓋をぶち抜かれそうだし。


 拡張された空間を抜けると、ひとつの部屋の前にたどり着く。古城の城門を思わせる、その分厚い扉の端に置かれたキーボードの操作…おそらくパスワードの入力…をすると、意思を持つかのようにひとりでに開かれる。


「よし。入りたまえ」


 案内されたその場所は、外の中世を思わせる内装とはうって変わって、工房と呼ぶにはあまりに未来的なデザインだった。まるで創作における地球防衛等に使われていそうな秘密基地だ。


 以前の蛇杖さんのモニターだらけな一室とはまた一線を画す、まるで宇宙船の中みたいだ。外に広がる廃墟の樹海とは、また違うベクトルで現実的ではなかった。


…今更な話だが、こんな場所に連れられると、余計に自分がSFじみた未来にやって来てしまったと実感を新たにする。


 よく見ると、透明なガラス越しに外が伺える。そこは、今まで目にしてきた樹海とは似て非なる緑が広がっていた。農園、或いは植物園という表現が正しいか。


 規則正しく並べられた植物は天井に貼り付けられた人工の太陽の光を浴び、すくすくと育っている。人工的な密林、と言っても過言ではない。


 俺がまざまざと緑を観察しているのをよそに、烏綱さんは慣れた手つきで近場のキーボードを操作すると、宇宙船の壁がスライドして道が開かれる。


「…よし。降りるぞ」


 彼女の語るとおり、その道は下りの階段、人工の樹海に繋がっていることを示唆している。その証拠に、この辺りいっぱいのハイテク機械のものとは到底思えない土と木々の香りが登ってくる。


「この下、なんなんです?」

「なに、ちょっとした家庭農園だよ」


 烏綱さんはそう言うが、この階段に繋がっているのは緑の群生地は、家庭農園どころか熱帯植物園と言ったほうが適切な表現な気がする。


 少なくとも、セレブの薔薇園よりも広大な、それこそサバゲーやプロ野球くらいは余裕でできそうな広さを持った家庭農園を俺は知らない。


「…うわっ、なにがちょっとしただよ」


 さっき熱帯植物園と例えたが、まさしくそんな感じだった。外に広がる樹海も似たようなものだったが、こっちはそれ以上にジャングルを精密に再現している。


 それこそ、天井から煌々と照らす人工の光と、群生する植物のすべてにくっ付けられた名前とおぼしきタグさえわからなければ、本当にジャングルに迷いこんだと錯覚してもおかしくない程に、肌に張り付く空気が自然本来のそれに迫っていた。


「…あったあった。ほれ、お目当ての品だ」


 そう言って、烏綱さんは群生する植物を指して言う。メモに書かれた名前とタグを照らし合わせて、それが一致していることを確かめる。


 本当にバカでかい植物だった。葉も傘にできそうなくらいでかければ、樹木自身も学校の近くに生えている桜の木のゆうに五倍はある大樹だった。


「こいつは実もいいが、茎もなかなか甘い汁が出るんだ」


 そう言いながら烏綱さんはそれに実る、バナナみたいな房状の紅い果実とおぼしきモノを、慣れた手付きで捻って茎ごとむしると、雑に俺に投げ渡してくる。


 首を傾けて、飲め、という合図を飛ばす烏綱さん。促されるままに茎から滴り落ちる樹液を啜る。


「──あんまぁい!」


 言った通り、果実と遜色ない甘味で、感覚としては西瓜に近い。あっという間に吸い上げると、満足げに吐息を漏らす。


「ふむ。そいつはアタリか」

「……アタリ?」


 そのワードを耳にして、何処と無く不安が沸々と湧き上がる。


「うん。その茎な、ダミーとしてたまーにクソ辛い奴紛れてるんだ。運が良いなオタク」


──なん、だって? 発言が信じられないあまり、目をぱちくりとさせてしまう。激辛混じりとか、ロシアンルーレットのシュークリームじゃあるまいし。


「…参考までに訊きますけど、どんくらい辛いので?」

「うーん、ニトロが口で爆発するくらい?」

「それ確実に死にますよねぇ!?」


 なんだそりゃあ。悪魔かこのトリは。悪気なく言っているふうなのが余計にひどい。


「いや、辛い方もまた別の用途があるんだが、匂いが同じなもんで、こうして直に茎の液を味わってみないと、どっちの方かわからんのでな」


 本当にひどい。貧乏くじを誰かが引かないといけないという、残酷な生態に項垂れるなか、烏綱さんはもう一個の実になった茎を傷付けて、流れる液を嘗める。


「…うーん、甘い。ハズレはあちらの望みじゃないからな。選別が大変だ」


 そう言いながら、もう一個捻って投げ渡す。実が傷つかないように繊細なコントロールで投げられ、とてもキャッチがしやすい。


「あと三つだ。待ってろ」

「…あ、ありがとうございます」

「なにを惚けた事を。客に商品を渡すのは当たり前だ」


…そういえばそうだった。思えば足を踏み入れた途端、いきなり落とし穴に嵌められ、地下のよくわからない迷宮をさ迷い歩いたものだから、ここが如何にもという面妖な構えのお店であると完璧に失念していた。


「──今、失礼なこと考えてなかったか?」

「…ギクッ」


 またギクッって言ってしまった。図星を突かれたとはいえ、学習しないな俺は。申し訳無さげに目を伏せる。


「まあいい。これでも偏屈な自覚はある。他にも色々あるから、とっとと済ませて行くぞ」


 運良くハズレを引かず、甘い果実だけを収穫し終えると、ずかずかと先へ進む烏綱さん。俺はそれに慌てて着いていく。


 彼女からすればホームグラウンドだが、俺からすればこの場所は未開の地にしか見えない。


 外の樹海も大概だが、こんなところで迷ったら無事に生きて帰れるか自信はない。生い茂るジャングルを掻き分けて、必死に後を追う。


 その後も、おつかいの品の植物を場所へ案内される度、ほとんど整備されていない獣道を歩かされ、すべて回りきる頃にはほとほと疲弊しきってしまう。


 映画に出てくるワンマンアーミーなら兎も角、ただの十五歳の小僧にはいささかハードなおつかいだった。

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