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世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
この世界の営みに目を向けよう
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トリは突っつき、狸はふわふわ、小僧は考える。

 言葉が出なかった。目の前に突然現れた事実にどう受けて止めていいのかを考えるのに精一杯で、口の方に気を回す余裕がない。


「どうして、そんなことを話したんですか?」


 辛うじて絞り出した一言。それを受けて、<ファミリア>は顎に指を添えて、二秒ほど考え込んで見せる。


「君には伝えなくてはと思ったんだ。受け継ぐ者として、ね」


 受け継ぐ者として。そう言われて、俺にも思い当たる節はふたつある。思いを巡らせると自然に胸へ手をやり、奥から刻まれる鼓動を確かめる。


 この命は本来、ふとした不幸でゴミのように消える筈だった。それがこうして血の温かみを感じられるのは、名前も知らないものから受け取ったからだ。


 そしてもうひとつ。爺さんは俺を、なんでここに送らせたのか。この世界ではいろいろと噛み砕いている余裕がないくらい、次々に驚かされているけれど、何か理由があったに違いない。


 それさえわかれば、俺は───、


「──ハ? 聞いているかい、イロハ?」

「……へ?」

「随分深く考えていたようだけど、そこまで頭を捻りすぎるのやもよくないよ?」


 いけない。思考に耽溺していて、会話の途中だった事をつい失念していた。慌てて頭を下げて謝る。


「構わないよ。それに、深く思考を張り巡らせるのは良いことだ。理性の発露といえる」


<ファミリア>は相変わらずの柔和な雰囲気を醸し出しながら頭を上げるように促す。一方で、烏綱さんの方は心なしか目線を落として話す。


「…そうだね。理性がない獣人は、ただの頭がいい畜生ってだけだ。喰って、犯して、寝る。知性が上がったにしては、あまりに野蛮だろう?」


 そう語る烏綱さんは、何処か忌々しげに額をさする。彼女の指と髪の隙間から、牙か爪のような鋭いもので深々と刻まれた、生々しい傷痕を見つけて、一瞬ぎょっとしてしまう。


「…ああ、驚かせた。あまり見てて気持ちのいいものではないな」

「…すみません、その傷は? 最近のには見えないですけど……」


 そもそも、彼女はさっき語った通りなら肉体を代替わりさせて生きているという。それなのに、その傷は古そうに見え、とてもごく最近つけたものには見えない。


「……」


 烏綱さんはなにも語らない。…考えてみれば、わざわざそんなモノが着いてるなんて、きっと何か深い理由があるのだろう。軽々しく口にした事を後悔し始めている自分がいて、少し泳ぎぎみの目線のまま沈黙を破る。


「…ごめんなさい。撤回します」

「いや、気にするな。慣れている」


 けろっとした態度だったが、その瞳の奥に何かが震えているようにも見えたのは、はたして気のせいだったのだろうか。良い知れない息苦しさから深々とため息を吐いてしまう。


「堅苦しい問答はこのくらいでいいだろう。折角魔女の工房に招かれたんだ。ワタシに案内されろ」


 席を立ち、尖った爪が光る親指を立てて言う烏綱さん。案内する、ではなくされろ、というニュアンスがいかにも彼女のキャラクターを物語っている気がする。


「ボクも着いていって良いかい? 良いよね?」

「あ、お前は帰れ。また明日」


 顔を向けることなく雑に応対する烏綱さん。それに腹を立てることなく、<ファミリア>は自身のしっぽと同じようなふんわりとした表情を維持したまま返す。


「つれないなぁ。折角友人の家にお呼ばれしたのに」

「バカ言うなタヌキめ。この間ワタシの育てていた鉢から興味本位で葉を千切ったのは忘れてないからな」

「はは、いい感じに頭に乗せたくなってつい」


 まるでいつものことと言わんばかりの慣れた様子でキャッチボールを繰り広げる<ファミリア>と烏綱さん。悪態混じりながらもその軽やかさから険悪さは感じられず、親愛の情が見てとれる。


「…何ニヤついている小僧?」


 目を細めて訊かれ、反射的に表情筋に手をやる。口元が緩んで、表情がほころんでいる事が鏡を見なくともわかる。


「…本当だ。なんででしょう?」

「質問に質問を返すな。突っつくぞ、その頭」

「突っつく!?」


 冗談とは思いながらも、声のトーンと目の色が本気の度合いがよくわかり、心臓が跳ね上がり頭を両手で守りながら、体勢が自然と団子虫のように丸まってびくびくと震えた形になってしまう。


「ふっ、やはり弄りがいがある」


 その自分より年下に見える魔女は、蛇に睨まれた蛙のようにびくついた相手を俯瞰し、小動物のような口元からは想像できないようなゲスな笑みが零れていた。


 悪魔ような微笑みを前にビクビクしている俺をよそに、相変わらずそれと対極に位置する穏やかな表情を崩さず<ファミリア>は言う。


「まあまあ。しっぽ触る?」


 差し出された尻尾を徐に触れる。…手入れが行き届いているのか、ふんわりとしたクッションのような柔らかさと茶色の毛の暖かみが心地よい。


 …太陽の下で干した布団のような暖かさが、意識の境界線を曖昧にしていき、このまま眠気という風にさらわれてしまいたくなってしまう。…それほど快い感触をこの尻尾は持っているのだ。


「…えいっ」

「──いっっったぁああっ!?」


 涎を垂らして睡魔に身を委ねてしまいそうになった俺は、後頭部から発せられた激痛で無理矢理引きずり戻される。


「いきなり何するんですか!」

「いきなりじゃないぞ。突っつくと宣言した」

「それさっきの話でしょ!? 今頭を突いたのは関係ないよねぇ!?」


 まるで杭をトンカチで打ち込まれたみたくズキズキと痛む後頭部を擦りながら、いきなり俺を啄もうとした彼女を涙目で見る。その顔は目を細めて、不満げな様を隠そうともしない。


「この大馬鹿め。その程度のもふもふに負けるとは情けない」


 そう言いつつ、烏綱さんも<ファミリア>の尻尾を抱き枕のように心底いとおしい様子で愛でている。これだけを切り取って見れば、愛らしい少女に見えなくもない。


 …さっきいきなりつついてきたのは、お気に入りのクッションを取られた子供の心境と同じなのでは? 首をひねり訝しむが、突っ込みを入れればもう一発突っつかれそうなので口を噤んでおく。


 もふもふされている<ファミリア>は相変わらず木漏れ日のような穏やかな顔のままで、突っ込む素振りは見せない。そう思っているのは俺だけだろうか? いや、まさか。


「…とと。ダニの死滅した香りを楽しむのはこの辺にしよう。いくぞ、着いてこい」


 ささやかな疑問をよそに、烏綱さんは俺の袖を引っ張る。可愛らしい少女の顔は、人に自慢したくて仕方ないと言いたげな、キラキラと輝くものに変わっていた。


「行くって、何処に?」

「お前の脳ミソはトリか? 三歩歩いたら忘れるのか?」


 さっき思い切り頭を啄んできたのに、今度は人をニワトリと同等扱いされて、ついムッとしてしまう。


「…すんませんね。なにぶん、健康優良成績不良で」

「は、冗談だ。ワタシの工房に行くぞ。お使いも済ませなきゃだろう?」


 そう言いながら、彼女は引っ張る力は緩めない。穏やかな表情のまま「いってらっしゃい」と手を振る<ファミリア>を背に、この談話室を後にする。


 …というか今知ったけれど、お日様の香りってダニの死滅した香りだったのか。正直知りたくなかった。

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