魔女と使い魔のお茶会
「あー、笑った笑った。お前、チキンそうに見えて意外と勇気あるな」
そりゃどうも、と肩を落としながら相槌を打つ。そんな俺に、烏綱さんはまた悪戯な笑みを浮かべながらこちらに向けて言う。
「ちなみにさっきの、もし誤魔化したり、お茶を濁したら、ちょいと仕置きをしてたところだよ?」
「仕置き…? いったい、どんな?」
「……具体的に聞きたい?」
心底意地の悪い顔で覗き込んでくる。ごくり、と唾を呑み込む動作が自然に出る。やぶ蛇ではないかという恐怖心と、スリルを楽しんでいるような好奇心がせめぎあっている。
「…そ、それは、どんな……?」
さっきのは笑える冗談で済んだ。しかし彼女の言う通り、流石にこれ以上野次馬根性を出せば、なにか良からぬ事になるのは確かのようだ。
だが、その上で尚、僅差で好奇心が勝った。鼻先よりもほんの少しだけ遠い距離から覗ける瞳を、じっと見つめていた。
すると、次の瞬間には、冷たさの残る溜め息が、自分の顔にふりかかった。
「…やーだ。教えてやんない」
唐突に、興味を薄らいだように、近づけた顔を離す。
「…訂正しよう。お前のそれは、勇気というより無謀が正しいな」
「無謀…?」
無謀。その意味はなんとなく知っている。だが、いきなりそんな事を言われて、リアクションに詰まってしまう。目をぱちくりさせている俺に、烏綱さんは何をするでもなく細目で眺める。
「……ま、自覚がないならワタシが言ってやってもいいが、とやかく言う義理もないからな」
それを最後に、烏綱さんはまたイカを咀嚼し始める。自分から話を振る気はなく、しかし会話を拒否しているふうではなく、こちらが振る彼女自身が気になった話しかする気がないようでもあった。
しかし、あらためて思うが、彼女…烏綱十三の性質はとても気分屋で、興味の無い相手にはさっきの無限回廊のような目に平然と遭わせる冷たさがある。
その見た目に違わぬ、その立ち振舞いはさながら童話の中の魔女か、或いは自由気ままな白猫をイメージさせる女性だ。
その一方で、親しみを覚えた相手ならば、こうもフランクさや親身さを与える態度になるが、前フリなく洒落にならない話を素面で飛ばして、こちらを振り回してくる。
さっき俺に向けた言葉、やぶ蛇だったことへの注意なのかもしれないが、それとは別の思惑があったように思えてならない。
が、肝心のそれがてんでわからず、どうにも収まりが悪くて仕方ない。もう一度尋ねても答えるふうでもないのが、余計ムズムズしてたまらない。ここは、一度空気を変えるべきだろう。
「そ、そういえば、さっきから思ってたんですけど。奥村さんとは仲、悪いんですか?」
「いや? 私は別に嫌っている訳じゃない。アイツが一方的に避けているだけ。あの軟体ヘアーめ、余程この烏綱十三の顔を拝みたくないと見える」
イカを咀嚼しながら、どことなく不満げに語る。拗ねた子供みたいだ、と一瞬でも思った自分を戒めながら訪ねる。
「何か、ケンカでも?」
「いんや、そんなわけないだろ。ケンカなんてのは、同じレベルのやつ同士がやるもんだ。ワタシはアイツのこと、高く評価しているぞ。無論、ワタシには及ばないがな」
はっはっは、とやけに楽しげに語る烏綱さん。その一方で拗ねたような態度はあまり和らぐことはなく続く。
「そもそも、いったい何が不満なんだか。思い当たる節はあるが、丸二年は顔を合わせないのは怒りすぎだぞ?」
「…一応、訊きますけど。思い当たる節、っていうのは?」
しばし彼女は考え込んで、長い爪を立てて空中に何かを書くような素振りをしつつ、記憶の糸をなんとか手繰り寄せようとする。
「──そうだな。腹が空いてたからおかわり頼んで、結局半分以上残したの最低五回はやったことか? それとも、一回思い付きでアイツの作った飯に調味料全部ぶっかけて食ったこと? あいや、まさかここの商品の在庫ふりょ…じゃなくて、試供品を大量に送り付けたことか? いや、全部ちゃんと謝ったぞ?」
───なんだろう、奥村さんがやたらイカに厳しい理由がなんとなくわかった気がする。あの人は騒がしいのがあまり好きではなさそうだから、こんなアクが濃い人物、嫌でも印象に残るだろう。
そういえば、というふうに烏綱さんはローブの下に身に付けていた懐中時計を確認する。そわそわしている、というよりは少しだけ苛立っているようだ。
「…しかし、遅いな。あのタヌキ小僧、五分前行動を知らんのか」
「タヌキ小僧? ひょっとして、待ち合わせの先約が?」
「そうだ。あまりに暇をもて余してしょうがなくて、自慰でもしようかと考えていたら、これ幸い、暇潰しにちょうど良いのが転がり込んできてなぁ」
──さらっととんでもない事をベラベラと並べ出したぞこの魔女。俺はどうやらただの暇潰しにあんな目に合わされたとカミングアウトされて、なんとも言えない感情が湧いてくる。
今更ながらこの魔女、言動も行動もひどい。彼女は決して根っからの悪人とは言えない。とはいえ、いろんな意味で無茶苦茶だ。まともにやりとりをするとカロリーの消費が馬鹿にならない。
あの奥村さんもこんな風に振り回されたのだろう。曇雲さんもやたら店に踏み入る事を渋る気持ちもわかる。そりゃあ用があったとしても赴きたくは無いだろう。
そこへ、ピンポーン、というどこか聞き慣れたようなインターホンが鳴る。家主の烏綱さんは、自分の背後へへ向けて「どうぞー」と一言。
すると、今度はガタガタ、という大きな音がする。本棚がスライドして、自動ドアみたく道が開く。俺が烏綱さんに導かれたのとは別の方からだった。
「いやー、ごめんごめん。遅れちゃった。」
不意に声がして、暗がりの奥へ目を凝らす。コツン、コツン、と足音が聞こえてくる。やがて明るく照らされたこの部屋に来訪者は足を踏み入れる。
「遅い。貴様これからトップに立つというのに遅刻とは大した根性だ。タヌキらしく、鍋にするぞ?」
「はは、一分遅れでこれとは手厳しいな。それと、鍋にされるのはそちらだろう?」
顔を合わせることなく、気心の知れた間柄を思わせる若干ブラックなジョークを交わす家主と来訪者。その新しい客人の顔を視界にとらえると、俺はまたしても目をぱちくりさせる。
「<ファミリア>…?」




