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世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
この世界の営みに目を向けよう
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ソフトの魔女はイカが好き

「この辺だな」


 カーペットがずっと続く回廊をしばらく歩いてから、適当なところで止まる烏綱さん。俺にはまったく代わり映えしない光景にしか見えないが…?


「なんだ、目が見えるというのに気が付かないのか? カーペットを見てみろ」


 促されるままに床のカーペットに目をやる。どこまでも続く朱の端には金色の装飾が施されている。しかし、彼女の持つ杖の先は、金色ではなく銀色の装飾が施されている。


「ほい、ポチっとな」


 銀色の装飾部分を杖で突っつく。すると、無骨なレンガの壁がバラバラに崩れたと思えば、パズルのように別々に組合わさり、新しい道が作り出される。


「……」


 なんと言うべきか、とにかくこのレンガの道が出現したギミックに、思わず呆気にとられてしまった。今日日映画くらいにしかみない機構に、感動するべきか驚嘆すべきかで感想に迷うくらいだ。


「何をバカ面下げている。着いてこい小僧」


 唐突にバカ呼ばわりされて少しムッとしたが、だからといって手を出す気にはならず、さっさと先に進む背を追う。


 隠し通路はどうも薄暗く、烏綱さんの持つ杖の先端から懐中電灯のような明かりが行く先を照らしていた。


 ライトの照らす辺りから白いものがふわふわと浮いていた。どうも埃っぽいようだ。この通路、普段はあまり足を運んでいないことがよくわかる。


 しばらくして、またさっきのような赤いレンガでできた無骨な壁に突き当たる。烏綱さんはレンガのひとつを杖で突っつくと、軽く深呼吸をする。


「──」


 何かのパスワードだろうか。その一節を唱えると、そのレンガは意思を持つかのように道を開ける。空いた手で合図をすると、彼女はずかずかと奥へ奥へと進む。


 ざっと三分は歩いただろうか。急に開けた場所に出たと思ったら、そこはさながら談話室のようなゆったりとした雰囲気の空間だった。


 壁や照明は暖かみのある色合いで、フカフカのソファーや木のカウンター、天井まで届く本棚などが設置されていて、ドラマなどでたびたび見る、隠れ家的なバーみたいな空気も併せ持っていた。


「どうした、座らないのか?」


 いつの間にかソファーにふんぞり返っていた烏綱さんは、向かい側に座ることを促す。それに従い、腰を掛ける。ソファーは見た目に違わぬフカフカぶりで、尻が思い切り沈み込む。


「ほれ、茶菓子は無いが。食うか?」


 そう言って徐に突き出してきたのは、何故かスルメイカだった。なんでそんなものが? 何処から持ってきたそんなもん。いや、もっとなにかがおかしいような気がする。


「…丁重にお断りします」


 今は、スルメイカの気分じゃない。というか、スルメイカの気分ってなんだよ、と内心自分で自分に突っ込む。俺の返事を聞いて、鳥綱さんは如何にも残念そうにイカをムシャムシャと噛み締める。


「…そうか。ソフトなやつなんだが。うーむ、どうも若いのにはウケが悪いな。アイツも渋い顔をしていたよ」

「アイツ?」

「お前のような小僧っ子をウチに寄越した、タコ女のことだよ」


 奥村さんのことを指して、やけに不満げに語る烏綱さん。その姿だけ見れば、可愛らしい少女が不貞腐れているように見えなくもない。


 ──先ほどから考えていたが、アラフォー辺りの年代である奥村さんに対して若いの呼ばわりなど、やけに砕けた口調なのが気になっていた。


 彼女がただ生意気なだけ、とはどうも考えにくい。年端もいかない童女とは思えない雰囲気を時々醸し出しているので、もしかしたら、とは思うが。


「…お前、今失礼な事考えているな?」

「……ギクッ」


 驚きのあまり肩が跳ね上がる。というか、なんだよギクッ、って。図星を突かれたにしてもマヌケが過ぎる。あんまりにもあんまりな反応だったからなのか、でかでかと溜め息を吐く烏綱さん。


「…隠し事はやめておけ。ワタシに嘘は通じないぞ?」


 半分呆れ気味の調子だった。そりゃそうだ。自分も同じ立場ならこういう態度になるだろう。


 声色とは対照的に、その瞳は確実にこちらの一挙一動を伺っている。あまりにその目が鋭くこちらを映しているものだから、もし誤魔化しでもしたら、次の瞬間には舌を斬られるのではと錯覚するほどだった。


 こうなったら、失礼を承知で言う他無い。頬をひっぱたいて気合いを入れ、意を決して発言する。


「……もしかして、ですけど。烏綱さんって、見た目より、大分年齢いって、ます?」


 ──しばし、間が静寂を包む。沈黙の放つ重々しい気に呑まれそうだった、その時だった。


「………ぷっ、フフッ、アッハハハ!!」


 しばし空間を支配していた重さが、腹を痛めるほどの爆笑によって吹き飛ばされた。


 まったく想定していなかった反応が来たことで呆気にとられていると、対面している彼女はフカフカのソファーの上をのたうち回りつつ、まるでシンバルを叩くオモチャのように手拍子を繰り返す。


「いやはや、本当に言ってしまうか! 普通、そういうのは言い淀んだ挙げ句オブラートでぐるぐる巻きにしてから言うところなんだがなぁ! デリカシーってのが無いのかぁ~?」

「……すみませんでした。デリカシー皆無で」


 顔を俯ける。目だけを上に向けて様子をうかがうと、気分を害している訳じゃなかった。むしろ手を振ってこちらの落ち込むことに否定的にしているふうでもあった。


「いやいや、責めちゃいないよ。むしろ感心してるよ。よくそんなことストレートに言えたもんさぁ。仕方ない。その蛮勇に免じて教えてやろう」


 ゴクリ、と唾をのみ、顔を上げ、相手の喉が震える様をじっと見つめる。一方の烏綱さんは、指を折って何かを数えてからこほん、と咳払いしてから発言する。


「……えーっと、ひぃー、ふぅー、みぃー。うん、ざっと、三百歳ってところか?」

「さんびゃ…!?」


 予想してた数倍の桁が飛んできた事に、思わずソファーからずっこけ掛ける。こちらのリアクションに気をよくしたのか、やけに面白げに続ける。


「良い反応だ。嫌いじゃないぞ」

「っつ、というか、生き物ってそんなに長生き出来るんですか?」


 鶴は千年、亀は万年生きるというが、流石にそんなの眉唾だろうし。困惑を汲み取ったのか、まだ笑いを堪えているのか腹をさすりながら、今度は少々落ち着いた語りで疑問に応える。


「…おっと、誤解があるようだから訂正しておこう。『この』身体は確か、二年前くらい前に代替わりしたから、だいたい十四歳くらいだな」


 ──? その発言に、妙な、違和感のようなものを感じる。代替わり? 『この』? 頭を捻れど、その意図がよくわからない。


「おいおい、君はまさか、このピチピチの身体を三百歳だと思ったのか? あり得ないだろ?」

「…そうでしょうね。代替わり、って言ってましたけど、それと関係が?」

「ああ。ワタシのオリジナルの身体はとうの昔に消えた。しかし、消えたのはガワだけ。ワタシは記憶と経験、人格を引き継いで新しいボディに乗り換えているんだよ」


 ガワだけが消えた。しかし、記憶と経験、人格を引き継いでいる。それはさながら、大量生産品のUSBメモリを連想させる。それが表しているのは──、


「──もしかして、ソフトを、データだけをパソコンからパソコンに移し替えるみたいに、ですか?」

「ほぉー、話が早くて助かる。そうだ。この身体は…初代から数えて、今は六代目か。ワタシは、日の本で当たり前のように信じられていた転生輪廻を否定する、外道の魔女さ」


 そう言って、烏綱さんはにぃーっ、と口をつり上げる。自分より年下に見えるはずの彼女が見せる笑顔は、同時に老婆の微笑みにも見え、その違和感がまるで妖狐にでも化かされているのでは、と錯覚させている。

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