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世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
この世界の営みに目を向けよう
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西の魔法使いは──

「───おふばっ!!」


 何かエアバッグのような何かが、落下する俺の身体を衝撃から保護する。大丈夫、軽い脳震とうのようなものは感じたが、それも五秒もしないうちにかき消えた。


 すぐに手足の感覚を確かめる。打撲などは感じないし、どこか千切れたりなんてこともなく繋がっている。どこかから鉄臭く暖かいものが流れ出ている感じもない。


 ただひとつ気がかりなのは、辺りが真っ暗闇で、文字通り一寸先も見えない有り様だということだ。小窓ひとつもなく、自分の足元もよく見えない。


 ただ、先程まで自分を受け止めたクッションらしき何かはもう感じられない。足はカーペットと思われるものの上に着いている。


 自分は落下してきたわけだが、いったいどれくらい落とされたのかはわからないが、見上げてみても一筋の光も差し込まないあたり、相当なものらしい。


──いったい、どうしてこうなってしまったのか。自分は何か粗相をしてしまったのか? いや、店に足を踏み入れただけで落とし穴にはめられるなんて前代未聞だ。


 とりあえずその辺を手探りで確かめてみる。指先がレンガでできた壁に触れ、そこから伝って今いる空間の全貌を探る。まだ目は暗闇に馴染んでいない。ゆっくり、ゆっくりと指の感覚だけを頼りに確かめていく。


 最初はファンタジーの作品でよくあるような地下牢みたくなっていると践んでいたが、どうも違うらしい。壁伝いに歩いているのに、一向に壁にぶつからない。


 無論、時計なんて持っていないからあくまでも体感だが、ゆうに三十分は経過した。でも未だに壁伝いは続く。あまりに終わりが見えないこの暗闇に、もしかしたら無限に続くのではないかという不安が噴き出してくる。


 一度でも想像してしまうと、次から次へと不安が湧き出てきてしまう。自分でもわかるくらい、マイナスな思考が脳内を侵食してくる。


 暑くもないのに汗は噴き出すし、寒くもないのに背中は冷たい。これでもかといわんばかりの動揺が、身体の芯にまで届きそうな、まさにその時だった。



「ふむ、少しいじめすぎたかな」


──幻聴か? 不安のあまり、居もしない誰かの声が耳に届けられたのか、と思っていた。すると、即座にまた一声、天井から降り注ぐ。


「幻聴ではないぞ。今から明かりを点けてやる。目を閉じておけ」


 この謎の声に対して、何故だという疑問を抱く間もなく、言われるがままに目を閉じる。すると、目を閉じていても差し込む光でわかる程、本当に辺りがパッと明るくなった。


 細く、細く目を開き、眩しさを少しずつ馴らしていく。まだぼやけぎみの視界の外から、コツン、コツン、と靴の音、それこそヒールのような足音が聞こえる。


 焦りながらも、脳が目を正常なピントに調整する。落とし穴で放り込まれたこの部屋は、ともすれば無限の回廊とでもいうべき異常な景色だった。


 中央に朱のカーペットが奥の奥まで続いており、その先はあまりにも遠い。全力で走り抜けようとしてなお壁にぶち当たるとは思えない。目を使えず壁伝いに行こうものなら、永劫に脱出は不可能にすら思えてならない。


「すまないな。この回廊はループしているんだ。出口などない。壁伝いにしても無間地獄なんだぞ?」


 概ね復旧した目で、挨拶がした背後を向く。そこに立っていたのは、一人の少女…とおぼしき見た目の人物が、さぞ面白げに口許に薄笑いを浮かべていた。


 混じりけ無しのふわふわな白い髪に血の気の薄い肌、紅榴石をはめ込んだような瞳に、自身の髪と同じ色に黒のアクセントの入った身体のラインが見えないローブを纏う、俺より年下っぽく見える女の子だった。


 背はあまり高くなさそうだが、履いている黒のヒールから、俺より少し低い程度の目線に立つその女の子は、その髪と肌に加えて、手にしている古ぼけた杖のせいか、子どもというよりは深い歳を経た老人のようにも見えた。


「さて、はじめましてだな。実物と会うのははじめてだな、人間?」


──ビクッ、と肩が跳ね上がる。反射的に鼻と頭に手をやる。着け鼻と耳は確かにあったが、その反応自体が白状しているのと同義だと気付くのには遅すぎた。


「ああ、大丈夫だ。捕って食おうなんて考えていない」


 にこやかに言う女の子に、ふうっ、と安心の吐息を漏らすが、直後にその表情を変える。


「人間は肉を食うだろ? 肉を食う生き物は大概不味いしな」


 そう語る女の子はフレンドリーでいて、しかし意地の悪そうなな笑みを浮かべながら、その口から覗かせる鋭い牙と、杖を持つ手の先に生える刃物のような爪を光らせる。


 ゾクリ、と背筋に冷たいものが走る。その少女の語り口は、幼子の残酷さと朗らかな老女らしさを併せ持つようだった。冗談を言っているふうにはとても見えない。


「とはいえ、さっきは悪かったな。人間…この世の中じゃ旧種にあたるお宅は、言うなれば異分子だからな、変な諍いの元になるといけない」


 諍い? と聞こうとして、女の子は思い出したといわんばかりの反応をしつつ、咳払いひとつして向き直る。


「おっと、失礼。先に自己紹介をしとかんとな。ワタシは烏綱十三(ウズナ トウミ)。お宅は何者だ?」

「…以呂波、亀鳴以呂波です。」


 名前を答えて、自己紹介を返す。すると、何故か眉をしかめてしまう。


「──ワタシは名前を訊いた訳じゃないんだが?」


 無難な返しであった筈なのに、なぜこうも厭そうな顔をされなくてはいけないのか、皆目見当がつかない。それが気になって、訪ねてみる。


「…? それって、どういうことで?」

「…まぁ、いい。失言だ、忘れろ」


 強引に断ち切られた。烏綱と名乗るその女の子はまた咳払いをして、次の話題に移りたがっていることを示す。


「あの、俺、奥村さんに言われてここに来たんですけど…」

「奥村…ああ、あの小娘か。また厄介なのを寄越す」


 小娘って、俺は奥村さんの年齢は詳しくは知らないが、多分人間に換算すれば四十代後半くらいだろう。それを小娘呼ばわりするこの女の子はなんなのだろうか。


「用件は察しがつく。どうせあの薬草だろう? まったく、前回は頭のネジが飛んでいそうなバカ犬だったが、それよりもふざけたのを遣いに出すとは、あのタコ娘はアホなのか?」


 さんざんな物言いを巻きつつ、烏綱さんは俺に着いてくるよう促してくる。着いていきつつ、手渡された買い物メモに目をやると、彼女が言った通り、ここでしか手に入らないとされる薬草だった。

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