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世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
この世界の営みに目を向けよう
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そうそうない、想像通り

 テレビで度々見る、横浜にある中華街はとても賑やからしい。実際に行ったことはないけれど、少なくともそういうものなのだと、俺の中でもイメージが固められていた。


 しかし、今目の前に広がるそれは、テレビの中の光景をブラッシュアップしたような、強い風圧のように喧騒が身体全体に浴びせられる。


「……すっごい」


 圧倒された。またか、と自嘲するが、実感としてそうあるのだから仕方ない。なにも知らないで(実際本当になにも知らないけど)これを見たら、大金かけた映画のロケセットか何かと錯覚するくらい、圧倒的な賑やかさだ。


「はは、どうだどうだ。ここはスゴいだろう?」


 自慢げに言うのは、隣で俺のリアクションを見て如何にも誇らしいという表情の曇雲さん。いつの間に買ってきたのか、何か揚げ物らしきものを両手に持っている。


「ほれ、君のぶんだ」


 そう言ってとても良い匂いのするそれを渡してきた。見た目は現代でも普通にある、げんこつ一つぶんの大きさの、茶色の衣に包まれたコロッケみたいだった。


 ほくほくと立ち込める湯気が、それができたてホヤホヤの証左であると示している。ふと、それを手に収めようとして、一瞬だけ躊躇する。


 例としてコロッケを挙げたが、完全にコロッケと同一というわけではない。少なくともじゃがいも特有の香りせず、揚げた衣のそれしか漂わないことから、見た目だけそっくりの別のものなのだろう。


 ……この世界に来てしばらく経ち、何度も望さんや獣之助君と食卓を囲んでいるのに、今さら未知の食べ物に緊張するなんて変な話だが、やはりどういう味かといい意味でも悪い意味でも、想像を膨らませてしまう。


 この揚げ物らしきそれは、ひょっとして今自分の抱いているイメージと真っ向から反する味ではないのか? 期待と不安と食欲が同時に湧き立ち、それらが籠った唾を呑み込む。


「…? どうしたどうした、以呂波君? お腹空いてないのかい?」


 その疑問の直後、手をこまねく俺に代わり腹の虫が返事をする。ジャストタイミング過ぎて恥ずかしくなり俯き、ぶらぶらとしていた手を出して件の揚げ物を受け取り、あらためて眼前に持ってきて、もう一度唾を呑み込む。


「ありがとうございます。………いただきますっ」


 礼を述べ、意を決してかじりつく。衣は思ったより分厚かった。中に包んでいたものはこの厚着により香りがシャットダウンされていたらしい。肝心のお味は───、


「………辛ぁあい!?」


 コロッケらしき揚げ物は、辛かった。さっきまではわからなかったが、衣を歯で砕いたことで正体がわかった。


「これ……、ごほっ、豆板醤入ってますねこれ……辛っ!」


 中身は多分イモだ。ジャガイモともサツマイモともわからない、とにかく何かのイモであるのは確かだ。それに豆板醤を織り混ぜたコロッケがあれの正体だった。


 身体中の毛穴が開いているようだった。首から上は火に炙られているみたいに熱い。噎せ返るほどの炎上ぶりだが、それが不思議と不快ではない。


 汗だくだくの俺を見て、何故か曇雲さんは羨ましそうな顔を浮かべている。


「おっ、アタリを引いたか~」

「あ、アタリ?」

「そうそう。ここのコロッケ、たまに辛いアタリが入ってるんだ」


 アタリ、って。普通のコロッケのなかに激辛が紛れてるって、それはいわゆるハズレなのでは? そんなことを考える程度の余裕はあるようだ。


 いやむしろ、この真夏の太陽に照りつけられているような、滝みたいに流れる汗と共に感じ入るなにかがあるようだ。


「どうだったどうだった?」


 期待の眼差しを一身に受ける。───このロシアンルーレット的なコロッケが、ハズレではなくアタリという理由、それとなくだがわかってきた。


「かっ、辛かったけれど、美味しいですっ」


 身体がビックリするくらい暖まるわ、身体中の汗腺から汗が流れてくるようだし、口の中も針のむしろみたいにチクチクする。だが、その代償に見合った味だ。


 ───変な話、このコロッケはめちゃくちゃ辛い。辛いのだが、甘味がそこに沈んでいる。それが不思議と謎の調和を生み出し身を満たしていく。


「そうかそうか。旨いか。なら、ここの味は君には合いそうだ」

「ふぅ、ふう。そ、そうなんですか?」

「ああ。ここ、香辛料が有名でね。君にお使いを頼んだ人も、お目当てはその辺だろうね」


 なるほど、これがこの辺りでは普通ということは、他がどんなものか概ね検討が付けられる。さっきここのマーケットを横浜の中華街と例えたが、結構的を射ていたかもしれない。


 ……問題は、これが二回三回と連続で食べていたら、辛味の痛覚で舌がイカれてしまいそうだと勘ぐってしまう。いや、こういう不安はだいたい杞憂に終わるものだけど、心配なものは心配なのだ。


「さあさあ、いざ行かん、スパイスがぐるぐる渦巻く魅惑の繁華街へ!」


 スパイスがぐるぐる渦巻くってなんですか、とツッコミを入れたかったが、生憎口と喉の復旧は少しかかりそうだ。軽くひーひー言いながら口内に充満した辛さを中和しつつ、案内の曇雲さんの尻を追っかけていく。


 買い食いを交えこの場所の文化を口で確かめつつ、奥村さんに渡された買い物メモ通りに買い付け、荷台に積んでいく。


 元々この街の気風か、隣の曇雲さんが人当たりのいい方だからなのか、年のための変装のおかげなのかどうかわからないが、そこまで嫌な顔をされることはなかった。


 原付がちょっとした荷車染みてきたころ、次の目的地を目指す。このメモの通りならば、そこはおそらく奥村さんの本命らしい。彼女がサッと書いた走り書きにも、この場所の印にやたら力が入っていることからも伺える。


 繁華街から路地裏っぽいところに入り、原付が通るにはややきつい場所を抜ける羽目になる。案内する彼に申し訳ないな、と思ったが、別段気にしている素振りはない。先程までと同じように、自然体だ。


 入り組んだ路地裏を抜けると、幾分か開けた場所に出る。そこは廃墟を改造したとはいえ、比較的整った設備の繁華街にあって、それとは一風変わった、まるで深い森にひっそりと佇む社みたいな店が建っていた。


 一言で言うとレトロ。西洋の魔女のお店、というのが第一印象だ。店先にはよくわからないおそらく商品らしい干物的な何かがぶら下げられていて、店の奥は光があまり差し込まず薄く暗い。


「ふぅ。相変わらずじめじめっとした場所だ」

「そうですね。なんか、童話とかで偏屈な魔法使いが居そうというか」


 そう冗談めかして言ってみると、曇雲さんは顎に指を添え、なるほどな、と言いたげな顔をする。


「偏屈な、ねぇ。まあまあ当たってるかも。」

「?? そうなんですか?」

「そうともさ。しかし、君にお使いを頼んだヒト、なかなかに目が利くようだね。こんなところ、まず誰も寄り付かないから」

「まぁ、わかります。喧騒とは無縁そうですし」


 人との接触を避けている、とも思えるこの静けさ。俺もあまり人付き合いが得意なタイプじゃないから、気持ちはなんとなくわかる。


 軒先に荷車を置いて、預けられたお駄賃がちゃんとあることを確かめて、いざ、と踏み込もうとしたそのとき、ふと気がつく。


「なんで曇雲さん、俺の後ろに?」

「……やー、まあまぁ、ここのヒト、ニガテなんだよね」


 後ろに、とは言ったが、実際は店先に入ってすらいない。爽やかなマスクの至るところから光る滴が見える。


「いや、こんなとこ初めてだから案内してくれるんですよね?」


 そう聞くと、徐に一歩後ずさる曇雲さん。何てこった。彼はどうやら店に入ることを露骨に避けている。


 しかし、だからといってここまで世話になっている手前、無理強いもできない。観念して、はじめてのひとりお使いに挑戦することとなった。


「……わかりました。それ、見といてくださいね?」

「う、うんうん。一応聞くけど、気を付けてね?」

「ちょっと待って、気を付ける必要があるんですか?」

「まぁ、大丈夫大丈夫。取って食われる訳じゃないから安心して」


 取って食われたらそれはそれで困るけど、と彼は冗談を飛ばすが、そう脅かされると余計に恐怖を煽られる。しかし、俺はお使いを引き受けた身。一度頷いたからには投げ出すのはよくない。


 意を決して店に一歩、右足を踏み入れる。………何も起きない。せいぜい木の板がギィッという嫌な音を出す程度だ。なんだ、大したことはない。曇雲さんが脅かす程でもない。もう一歩踏み込んで完全に入店だ。


 その時だった。ほんの刹那の間だったが、薄暗い店の奥からカチリ、というスイッチの音が聞こえた気がした。


「────あっ」


 一瞬、浮遊感に見舞われる。そして次の瞬間には、


「落ちてるぅぅううう!?」


 ───今起こったことを整理しよう。俺は二歩目を踏み込んで完全に店に入った。と、思っていたが、左足が木の板の音を出さず、代わりに空を踏んでいた。


 木の床らしきものが一瞬のうちに消失していた。立って寄るべきものが無ければ、あとは重力に身を任せるままであった。


「おわぁぁぁああぁあ!?」


 何てこった。店に入ったとたん落とし穴にはめられるなんて、いったい誰が想像するか。そんな文句も落下と共に落ちていく。


 いったい何がどうなってる。こんなの想像できるか。溺れるような落下に襲われながら、そんな恨み節を舌を噛まないように吐き続けるのであった。

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