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世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
この世界の営みに目を向けよう
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天空の都市を往く

──一目見て、いたく驚いた。リヤカー付きの原付を引いて、傾いて中折れしたビルの一角に入る。そこから最上階に当たる場所まで上がって見れば、その光景は幻想的と言ってよかった。


 なにせ、このビル群を結びつけていた白いなにかの正体は、何重にも束ねられ作られた綱状になった蜘蛛の糸であったのだ。


 太い綱になった蜘蛛の糸はあや取りのようなカタチでビルを繋ぎ合わせて、それはさながら上空から見上げた渋谷あたりの街並みを彷彿とさせる。


「……すごい」


 目をぱちくりさせて、そんな小学生並の感想が零れ落ちる。粘性のありそうな綱の上には板状の石だか鉄だかを用いて、この高いビルとビルの合間をつなぐ白黒のストライプの橋が出来上がっていた。


 ふと、奥村さんに渡された地図を広げる。すると、ここに来る前に抱いていた既視感の正体がわかった。この特徴的な絵面はスクランブル交差点を想起させていたのだ。なるほど合点がいった。


「いやいや、ずいぶんと目をキラキラさせるんだね君」


 後ろから曇雲さんに声をかけられ我に返る。あまり自覚はなかったが、俺はよっぽどこの奇怪な、しかして壮大な天空の橋に夢中になっていたらしい。


「す、すみません。つい…」

「うんうん、気にしなくていいよ。むしろ、アレを誉めてくれるのは嬉しいことだからね」


 そうなんですか? と疑問符を浮かべれば、曇雲さんはニカッ、と笑みを見せて先程までより弾ませた声色で答える。


「そりゃそうだ。この天空の懸け橋は、僕たち蜘蛛の因子を受け継いだ先祖たちが技術を結集させて造り上げた、まさに誇りと言っていい。」

「受け継いだ、誇り…」


 そう語る曇雲さんの表情は、とても晴れやかだ。もともとそういう気質なのだろうが、それを差し引いても、彼は祖先のことを揺るぎない誇りとしている。


 それが、この時代とは何の関係もない自分にもひしひしと伝わってくる。この街のつくりは、そんな先人たちの遺した大切な技と知恵が集結したものなのだ。


「さて、そろそろ行こうか?」

「はい、お願いします。回らなくちゃいけない所、中々多いんですけど大丈夫ですか?」

「全然。隅から隅まで教えてやるとも」


 手招く後ろ姿を、俺は電車ごっこみたいにくっついていく。綱状になった糸の橋はずいぶん広く、ちょっとした道路くらいには幅に余裕があって、リヤカーを引く原付も難なく通れた。


 それでいてとても頑丈だ。流石に吊橋状だから揺れはするものの、落ちる気配は一向にしない。柳に雪折れなし、という言葉を思い出す。なるほど、ピッタリだ。


 ───とはいえ、実のところ吊橋は初体験な手前、どうしても揺れには俺のノミの心臓が過敏に反応してしまう。いかんせん高所故、風もそれなりに強く、恐る恐る下を覗こうという気持ちも湧いてこない。


「ははは。すごいだろう? ゾウがドシドシ踏み歩いても大丈夫だぞ?」


 と、橋の揺れにいちいちビビっていた俺に、曇雲さんは自慢げに語っていた。根が小市民の俺をからかっているのか、それとも本気で自慢してるのか、そこまで汲み取るだけの余裕は今の俺にはなかった。






「……ふう、つっかれたぁ」


 時間にして五分も経ってない筈なのに、どっしりと疲れがのし掛かってきた気がする。結構揺れを感じていたが、エチケット袋の世話にならなくて済んだのは幸いだった。


 スクランブル交差点のようなクモの巣状の橋を渡ってきたのは、さっきとは別のビルだった。ここが、今回のおつかいに用がある場所はもうすぐ先のビルだ。


「さあ、ここが中心部の七番街だ。落ち着いたら、マーケットの三番街へ行こう」

「はぁ……ふぅっ。ここが七番ってことは、少なくともこれに似たのがあと七つあるってことですか?」

「そうそう。鉄の塔にはそれぞれ数字が割り当てられていて、全部で一番街から七番街まであってね」


 そう言って指差すビル群を見ると、確かにビルのひとつひとつに、時計回りの形で目立つ場所に漢数字でナンバリングがされているのがわかる。


「番号ごとにも、それぞれ内包しているエリアが違うんだ。さっき言った通り、三番街はマーケット。ちなみに最初に登ったのが四番街で、役回りは情報室だよ」

「情報室…? 新聞でも刷ってるんですか?」

「うんうん、おおむね合ってる。」


 へぇ、自然に流してしまっていたが、この世界にも新聞という概念は残っているのか。しかし、そうなると他の塔のことも気になってくる。


「出来れば、他の塔について訊いても?」

「うんうん、構いはしない。まず、一番街は劇場さ。なにかイベントがあればそこの大きなホールを使う。三番街はさっき言った通りで、二番街は主に住みかが集中してて、これは五番街もおなじさ。」

「あれ。でも、なんか五番のほうが豪華に見えますけど?」


 彼が言う方角を指しながら、疑問を口にする。ここから見た感じ、三番街は言うなれば蜂の巣を彷彿とさせるような、バカデカい集合住宅といった感じだった。


 一方の五番街は、それはなんというか、高級ホテルみたく小綺麗に出来上がっていた。以前、この世界の空気を浴びて倒れた時に運び込まれた廃ホテルよりも、ずっとレベルの高い建物だ。


 俺の質問を受け、曇雲さんは頬をぽりぽりとかく。気のせいか、どこか目つきが変わったように見えたようにもとれた。彼は少しだけ間を開けてから答える。


「……五番街はこの街に暮らす人々の中でも、統治者の方々をはじめとした、お偉方を中心としたお城なんだ。」

「……なるほど。祇園、みたいなものかな?」

「んん、そのギオンっていうのはなんだかわからないけど。んで、話を続けると、六番街は主に農業やらなんやら、生産用かな。色んなモノを、過去の技術を借りて今も創り出してしているんだ。そこで作ったものを、市場に卸しているんだ」


 農業、ときたか。自分にはこの世界は、ある種の終末を迎えてしまったように見えて、やはり存外回っているものらしい。あらためてそう思う。


 ふと、彼の説明が欠けている部分があると気がつく。自分達が今ここにいる、七番街のことだ。


「あれ、ここの七番街の説明はどうしたんです?」

「……ああ、七番街は言うなれば頭脳さ。この都市を治める為の、ね。だから、他と違って一番装飾も華美なんだ」


 その証拠に、彼が指差すこのあたりは、他が廃棄されたものを修復したそれとは明らかに違い、俺の生きてきた時代より少し下った頃とおぼしき改修が為されており、ほとんど新造といっても差し支えない。


「キミのオトモダチ、いるでしょ? あの声も態度も出るところもデカイあの子。アレの用もおそらくここ七番街だね」


 そういえば、あの時の獅子王さんは地下街を統べている母親の代理で来ていた、とかなんとか言っていたっけ。


「さぁさぁ、休憩がてらの説明はこの辺にしておこう。 出発してもいいかい?」


 曇雲さんに訪ねられ、元気よく頷くことで返事をする。もう大分疲れも平気になっていた。先程と同じように、慣れた足取りで道行く彼の後ろへくっついて、一定の距離で着いていくのだった。

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