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世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
この世界の営みに目を向けよう
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青い子供と、濃い大人

「ちょっと、そこの騎士! この獅子王文殊にシカトぶっこくとは何様でしてよ!?」


 誠に残念ながら、知らん顔は通用しなかった。頼まれ事を終えてからならいくらでも、と思ってはいたが。いかんせん何も知らない土地で、しかも問題行動を起こしたくはない。


…というか、冷静に考えなくったっておかしい。騎士ってなんだよ騎士って。生憎と、そんなファンタジーな存在に繰り上がった記憶はない。


 もとより自分は異邦人だ。波風立つような真似をするのは色々な意味でもよろしくない。だからこそ気付かれずにいたかったのだが。


「聞いていますの!? そこの蜘蛛男も! イキナリ攻撃を仕掛けてくるとは!」

「……あの子、知り合い、でいいんだな?」


 曇雲さんが耳打ちする。俺は渋い顔で重々しく頷く。心の中で大丈夫、大丈夫、と反芻する。暴走させずに穏便に済ませる方法はきっとある。……あるよね? 不安で胸が一杯だけど。


「すまない。不審者と思い威嚇した。不手際を謝罪する」


 やや遠方にて毛を逆立てる獅子王さんに聞こえるよう声を高くあげて謝罪の言葉を告げる曇雲さん。それで一応は矛を収める気にはなったようで、貴族らしい優雅な足取りでこちらへ歩み寄る。


「こほん、こんにちは、亀鳴以呂波。偶然ですわね?」

「……ええ、こんにちは」


 かたや優雅に微笑みを、かたやぎこちない吊り気味の笑顔。そこへ、ルージュの髪をなびかせる蜘蛛の女性が獅子王さんに声をかける。


「貴女、獅子王とお言いになられましたね。もしかして、隣の街を治めている獅子王蓮華の娘とお見受けしますが?」


 その声色は、どことなく畏まった感じが汲み取れた。考えてみれば、獅子王さんはあの街を統べているヒトの娘さんだ。お姫様、といっても差し支えないだろう。


 よく見てみれば、彼女は昨日までの格好よりもきらびやかな装飾が多いように見えた。何か、その身なりに合った会合でもあるのか。


 あまりそういう高貴さを感じ取れる場面がなかったし、獣之助君らをはじめとする方々に軽く見られていた故に失念していたが、本来ならば止ん事無い身分のヒトなのだ、この獅子王文殊は。


「ええ。T地区代表、獅子王蓮華の代理として、この獅子王文殊がS地区の代表との会談に参りました」

「やはりですか。ではこちらへ。案内いたします」


 秘書のような丁寧な応対をする知朱さん。すると、こっちの方を向けば、さっきのような柔らかなお姉さんを思わせる表情へ変わる。


「ごめんなさいね、イロハ君。できれば街の案内でもしてあげたかったけど」

「いえ、お気遣いなく。彼女、よろしくお願いいたします」

「ええ。曇雲、彼のエスコートは頼めて?」

「構わないよ。君も、お仕事頑張ってな」


 手を振る曇雲さんに、獅子王さんを連れて街に消えていく知朱さん。あのふたりが互いに向けた表情は、どことなくデート終わりのカップルを思わせた。


「ん? なんだい、惚けた面をして」

「……いえ、大したことでは」

「そうか、ならいいよ。んじゃ、ボクたちも行こうか。買い出しに来たんだろ、エスコートは任せなよ」


 手を差し出し、にかっ、とした明るい笑顔で言う曇雲さん。比べるのは失礼かもだが、顔立ちは平均的な俺に比べればよっぽど高得点の彼にこう言われれば、世の女性は黄色い悲鳴を上げるのだろうか。


 市場は彼女らが向かった方角の反対だということで、俺も街を知り尽くしているであろう曇雲さんの後ろをリヤカー付き原付を引いて着いていく。


「その、本当に良かったんです?」

「なにがだい、イロハ君?」

「初対面の人に、わざわざ街のことを案内してくれるなんて、ちょっと申し訳ないかな…なんて」


 はは、と乾いた笑いがこみ上げてくる。やっぱり、まだ遠慮している。それを見破ったのか、彼は自分とは対称的な笑みを浮かべながら俺の肩をぽんぽんと叩き、その度にしぶとく背中に張り付いていた緊張を払い落としていく。


「はは。気にするな気にするな。ボクが勝手にやってることだ。貰えるものは病気以外は貰っておけばいいさ」

「……そうですね。じゃあ、遠慮なく頂いておきます」

「その意気その意気。───それに、アイツから頼まれた手前、反故にはできないな」


 ふと、また見せた。気のいいあんちゃん風の顔から、王女を案じる騎士ような顔を覗かせる。やっぱり、かもしれない。突っ込むのは野暮と思いつつも、訪ねてみる。


「……下世話かもですけど。もしかして、曇雲さんと知朱さんは───」


 言いきるより早く、手が鼻先まで突き出される。濃ゆい感じがある顔と同じように、浅黒くごつごつとした、男の掌だ。皆まで言うな、ということらしい。軽い咳払いをしてから、答えを口にする。


「ああ。付き合ってるね。付き合ってるとも」


 あっさりと言いきった。なにも恥ずべきことなどない、と言わんばかりに。


「昨日だってオールナイトですることしたさ。彼女は実に美しい。その唇も、肢体も───」


 なんか、とんでもないことぶっ込んできたぞ。上気している曇雲さんに待ったをかけないと、知朱さんのあれやこれを隅から隅まで語り尽くすに違いない。


「すみません。それ以上生々しいのは、ちょっと……」

「っとと、ごめんごめん。青少年にはちょちょっと刺激強かったかな」


 ははは、と笑う曇雲さんにちょっとだけそっぽを向く。確かに、中学三年の俺には、これ以上の情事の諸々はちょっと早い。


 俺の知る限り、中坊の男子はアレな妄想はすれどそんな生々しいのは流石に忌避してしまう習性がある。有り体に言うとビビってしまう。


 なので、自己防衛の反応として話を逸らす。それを見透かしたかどうかはわからないが、曇雲さんも「まだまだ青いな」といったふうな顔を浮かべつつも、それ以上は言わなかった。

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