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世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
この世界の営みに目を向けよう
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こんにちは、ボーイ。

 ハイブリッドなだけあり、原付の奏でるエンジンの音はとても静かだ。風の音を聴きながら悠々と進めば、三十分もしない間に樹海を抜けて、また違う場所に出た。


 そこはなんというか、これまた風変わりな場所だった。前衛芸術、とでも形容しようか。先程までは太い樹木が崩れかけのビル群を抱き締めていた感じであった。


 今俺がいるここには深い緑は無く、陽射しがダイレクトに降り注ぐ荒れ地だった。その緑に代わり、何か白い縄みたいなものがビルやら高速道路やらを縛り、或いは貼り付けて、奇っ怪な鉄筋コンクリートのアスレチックが出来上がっていた。


 俺がこれまた想像の埒外である光景に呆気に取られていると、こちらを察知した何かが、アスレチックからふたつ飛び降りてくる。


「───こんにちは、ボーイ。ここは初めてかい?」


 ──それは、蜘蛛だった。ひとりはソース顔の甘いマスクな優男、もうひとりはルージュのような鮮やかな紅色のカーリーヘアの女性だった。ふたりは上半身こそ俺と大差ないが、下半身はまるっきり蜘蛛のそれだった。獣人ならぬ、虫人とでもいうべきか。


「………虫、なのか?」


 そんな呟きが口を突いて出る。俺がよほど訝しんでいた顔だったのか、それとも下半身の蜘蛛の腹にあたる部分を凝視していたのか。優男と美女はこちらへ歩み寄る。


 虫の腹にあたる部分から生える六本でこちらへ近づいてくる彼らに対して、こっちの心臓がいそいそと跳ねる。ひょっとしたら、自分でも気が付かない内に何か失礼なことをやらかしてまったのではないのか。


 そう考えたら、冷や汗をかいてしまい、反射的に、心から申し訳なさげに頭を下げる。


「あ、その、すみません。差別とか、そういうんじゃなくて。驚いちゃって。……ごめんなさい。」


 ……頭を下げているから、二人の顔は伺えない。恐る恐る目線を上げると、当の美男美女は目をぱちくりさせて、まるで予想外な反応に戸惑い言葉を選んでいるようであった。


「あー、大丈夫大丈夫。蜘蛛の因子を持つ個体は珍しくてね。この辺りにしか暮らしてないんだ。驚くのも無理ないよ」

「そう、なんですか?」

「そうそう、差別なんて気にしなくていいわ。今更だし」


 今更。その言葉に、嫌なイメージが過る。こんな御時世でも、そういうナンセンス以下のものがまだ存在しているのか。心臓がきゅうっ、と締め付けられるような感覚がする。


「───ごめんなさい。言い訳かもですけど、ホントにそんなつもりは無くって……」

「だから、別に平気よ。いちいち気に病んでいたらやってられないでしょう?」


 ルージュの髪の女性は苦笑を浮かべてそう言う。でもこっちとしてはそうはいかない。彼女は沈殿してきた気持ちの俺の面持ちを覗き込むように顔をぐいっ、と近づけて今度は優しい微笑みと共に言う。


「でも、そんな気持ちをちゃんと言葉にして謝れるのは、君の美点と思うわよ、わたし。」


 その柔らかな笑みに、胸のつっかえのようなものが取れた気がする。……美人に優しくされたくらいで気持ちがほぐれるとは、我ながら単純な構造をしている。


 軽く深呼吸して、冷えた肝に暖かい空気を取り込んで調子を整える。すると、こちらの様子を伺っていたソース顔の男性がにこやかに手を差し出す。


「ドキドキは治まった? OKOK、なら自己紹介だ。僕は飯田曇雲(いいだ どんうん)。曇雲でいい。んで、こっちの美人さんは───、」

蓮池知朱(はすいけ ちか)よ。わたしも名前でいいわ。よろしく、かわいい隣人さん」


 俺は差し出された二つの手を握り返す。その手は、命の暖かみに満ちていた。


「……俺は亀鳴以呂波。よろしく。曇雲さん、知朱さん」


 自己紹介と握手を終えて、俺はあらためてここに来た用件を述べることとした。俺が隣の街から来たこと。食材の調達に来たこと。この場所は初めてなので、土地勘がないことなど。色々話をした。


「なるほどなるほど、わざわざ隣街から買い出しに。そいつはいい。ウチはモノならけっこう豊富だからね」


 そう言って曇雲さんは天を指差す。あの白い縄みたいなものだ。よく見ると、あれは縄ではなく、糸だ。蜘蛛の巣だ。細い蜘蛛の糸を縄みたいに編んで、その上を綱渡りのようにヒトが行き来している。


 再び呆気に取られていると、知朱さんはまた顔をぐいっ、とこっちに近づけてくる。近い。息がかかるくらい近い。心なしか、彼女の目線は自分の瞳ではなく、別のところを嘗め回すようにじっくり観察しているようだった。


「……変なこと訊くけど。キミ、もしかして連れがいるの?」


 ?? 本当におかしな質問だった。俺は地下街を出てから今まで、誰かと行動を共にした覚えはない。首を傾げる所作からこちらにその質問への心当たりがないことを汲み取りつつも、やはり妙に不思議がる。


「いや、深い意味はないよ。後ろのはキミの付き添いなのか、と思ったんだけどね?」


 後ろ? 荷台には誰もいない筈だ。振り返ってみると、やはり何もない。わけがわからず首をひねっていると、曇雲さんは前に出るや否や、肺へ思いきり空気を取り込んでいく。


 まるで掃除機の近くにいるみたいに、近くの空気が凄まじい勢いで彼の肺へ吸い込まれていく。その余波で、胸を膨らませる曇雲さんの額が顕になり、そこには細長い水晶のような、蜘蛛の目が遠くのモノを捉えていた。


「────ふぅっ!!」


 口をすぼめて、勢いよく吹き出す。すると、まるで吹き矢でも飛ばすかのように、口から勢いよく白い空気砲のようなものが飛んでいく。


 それは近くの岩場のに着弾すると、ハンマーでも砕くのに骨が折れそうなゴツゴツの岩を、出来たてのチーズのようにドロドロにしてしまう。


「んなっ……!?」


 以前、何かテレビで見たことがある。あれは消化液だ。蜘蛛は拘束した相手をああやって液体に変えて取り込むのだという。それを鏃のような形で勢いよく吐き出したのだ。


 呆気に取られている間も無く、溶けて液状化した岩の後ろに隠れていた何かが慌てて飛び出してくる。そのシルエットには、見覚えがあった。


「なにするんですの!? 危うくデミグラスソースの仲間入りになるところでしてよ!」


 デカイ金色のドリルみたいな巻き髪、ライオンの耳に逆立つしっぽ。起伏の激しい態度と体つき。嫌でも忘れられないその姿に、思わず頭を抱えた。


「……あの娘、君の連れ?」


 突然の珍入者を指して、知朱さんは訪ねる。どことなく、厭そうというか、あれとの関わり合いを避けたがっているふうな顔だった。うん、気持ちは痛いほどわかる。


「いいえ。無関係の御方です」


 機械的に、感情を込めずに返事する。あのヒトには悪いが、今はやるべきことがある。色々と話さなくてはいけないことがあるのは理解しているが、優先順位というものがある。それはそれ、これはこれ、なのである。

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