はじめての『おつかい』
「食材の調達、ですか?」
「ああ」
暖簾を掛けてながら、今日のお手伝いの概要を聞く。今回はどうやらおつかいらしい。
「ところで、何処で仕入れるんです?」
「ああ。今地図を書いてやる。…一寸待て」
そう言って奥村さんは何処からともなく細筆を取り出すと、それに口からふっと、息を吹き掛けるように墨を浸けていく。
そして蛸足を使って筆の四刀流を披露するや否や、目にも止まらぬ速さで書き上げていった。その様に圧倒されている内に、本当に一寸の間に地図を書いてしまった。
「ホレ。……ああ、文字は読めるよな?」
大丈夫です、と頷く。サッと契約書にサインを書くような気持ちで、まるでコピー機にかけたみたいに精巧な地図が突き出されれば、驚き以上に感心や尊敬といった感情を覚えてしまう。
タコの墨で描き上げられた地図は、とても丁寧な字で書かれすごく分かりやすい。でも同時に、この地図を見て微かに違和感を覚える。
生憎と、この地図が指し示す場所には見覚えがない。ここに来てしばらくするが、それなりに見取りは覚えたつもりだった。しかしこれは、まったく見覚えのない見取り図だ。
「…? これ、この街の地図、じゃないですよね?」
「ああ。そいつはここから西に行くとある、隣街のヤツだ。地上からの経路もちゃんと書いてあるぞ」
…マジか。これは少々骨が折れそうだ。しかし、この隣街の地図、見覚えはないが似たものを見た気がする。それこそ、現代の若者たちの街によく似た道なりだった。それがなにを指しているのかは流石に検討はつかないが。
同じく渡されたメモに書かれたおつかいの内容を見る限り、それなりの量だ。一人で外から買ってくるのは、体育会系でもない俺にとっては二重の意味で荷が重い。
よっぽど厭そうな顔をしていたのか、苦笑混じりにこっちを手招きする。彼女に連れられてお店の裏まで行くと、物置のような場所にたどり着く。
そのど真ん中に何かが布を被せられ安置されていた。サイズはけっこうなもので、少なくとも大型バイクよりもでかい。なんだこいつは、と訝しんでいると奥村さんがその覆いに手をかける。
「安心しろ。あたしは無理は言うが無茶は言わん。そんなこともあろうと用意もある」
そう言って覆い被さるものを取り払い、ヴェールの下を晒す。姿を現したのは、人間の科学力で作られたとおぼしき乗り物だった。少なくとも、俺の時代のモノとはさして変わりのないものだ。
「……なんですこれ? リヤカー……に原付がくっついてるような……」
「ちょっくらアホの獣之助に用意させたもんだ。纏まったツケの話を持ち出したら、喜んで一晩で拵えてくれた。はいぶりっど…とかいうので、あんまり臭いガス吐かないそうだ」
…なるほど。獣之助君が死にそうだったのはそういうことだったのか。自業自得とはいえ、同情してしまう。その苦労に報いるために、リヤカー付き原付に乗り込む。
流石に大型バイクに比べると、控えめな馬力だ。エンジンの唸りが川のせせらぎに聞こえる。少なくとも結構なモンスターだったコンドルくんよか、パワーが抑え目なぶん扱いやすいかもしれない。
「おっと、あたしとしたら。忘れもんだ、持ってけ。」
そう言って渡してきたのは、お弁当とおぼしき風呂敷と、映画とかで見たことがある砂漠を渡る時等に身につけるマント、それとイヌの付け耳と鼻、それと霧吹きだった。
「なんです、これ?」
「変装用だよ。ウチの領主含め、ここの奴らは基本的に異なる種にも寛容だが、他はそうはいかない場合がある。無用なトラブルは避けるが得策だ」
具体的には? と喉元まで出かかったところで、あの獅子王文殊の顔が浮かんでくる。彼女と初めて会った際のトラブル。あれは流石に極端すぎる例なのだろうが、やはりイレギュラーを快く思わない人もいるみたいだ。
「…わかりました。──これで、おかしくないですか?」
付け鼻と耳を装着し、霧吹きを一回掛ける。一吹きしただけでほんのりケモノ臭さが鼻を突く。目元をを被うようにマントを纏い、あらためてエンジンをかけ、アクセルに指をかける。
「それじゃ、行ってきます」
「おう、怪我しないようにな」
手を振る奥村さんを背に、リヤカー付き原付は地下の街をゆったりと抜けていく。流石にだだっ広い地上に出るまでは安全運転、法定速度をキープの姿勢で行く。……この時代には法定速度はないだろうけど。
人工の光が照らす地下を出て、本当の太陽が大地を焦がす地上へ。陽の向きを見るに、まだ昼にもなっていないことがわかる。地下で計測している時間はほぼぴったりらしい。
遮るものが無くなった、樹海と化した廃墟が広がる地上で、俺は原付のアクセルを押し込む。ちょくちょく小さく隆起した部分を通るからか、不定期に、しかし頻繁に身体が少しだけ浮く。
……大型バイクを乗り回しといて今さらだが、齢十五の中学生である俺は、当然二輪免許どころか原付の免許も持っていない。
今まではそんなもの欲しいとさえ思わなかったが、この風が吹き抜ける感覚は、普段心の奥底へ沈殿する思いが軽くしてくれる。もし元の世界に戻ったら、次の誕生日に原付の免許を取りに行くのも悪くない。
「……?」
快適な原付の旅に、これから向かう街のことに思い馳せていると、ふと視界の端っこに土煙を巻き起こして動く何かが見えた…気がした。心なしか、そいつは金色のドリルだったようにも見えた。
───まだ疲れが残っているのか、はたまた昨日のことがまだ脳に焼き付いているのか。いくら獅子王さんでも、こんなところをうろついているとは思えない。
そんな正体の知れない幻影を振り払うように、アクセルを押し込み速度を上げる。また小さい隆起した樹の根っこを乗り越えたからか、身体が少し浮いて心臓が跳ね股間に寒気が走る。




