このケリは、どう着ける?
……この始末、どうケリを着けようか。そんなことを考えているうちに、忙しない音でハッとする。どうやら自分は眠りこけていたようだ。
目が覚めて、欠伸をひとつ。俺は自分が与えられた部屋に戻らず、リビングルームで布で編まれたソファーの上で呑気に寝こけていたことに気がつく。
「おはよう。ずいぶんお疲れみたい?」
声がするほうへ首を向けると、いつの間にか望さんがテーブルに皿を置いているところだった。自分が寝落ちしたのが夕食のあとだから、今用意しているのは多分朝食なのだろう。
「おはよう。今、何時で?」
「九時過ぎ。十時間近くは寝ているから、キミは少し寝過ぎだね」
「…ありゃ、獣之助君のこと、言えないかな?」
やや自嘲ぎみに言う。肩の凝りを治しつつ、ソファーから立つと、席につく。皿はひとりぶんしかないところを見ると、首を傾げる。
「ボクはもう済ませたから、とっとと食べちゃいなよ」
「…んじゃ、お言葉に甘えて」
俺はそう言いつつ席に着く。どんどん増えていく皿に少し心が弾む。と、忘れないうちに、言っておかなくては。
「すんませんね、リビングで寝落ちするとは情けない」
「ま、初めてのバイトだったし、疲れるのも無理ないかな。サボり魔のジュウくんよか、よっぽどマシだと思うよ?」
「…そう言ってくれると面目が立つ。ありがとう」
その獣之助君は? と訊けば、彼女は天井を指さす。よく耳をすましてみると、二階からでも微かに聞こえるほどの、でかいいびきがリズムよく聞こえてきた。
「昨日急に頼み事が舞い込んだんだって。そして完徹」
「うら若き身には悪いよ、徹夜」
「はは、同感」
所在がわかったところで、あらためて朝食のほうへ向き直る。テーブルの上には、サッと作ったであろうマッシュポテトと、デカデカと皿に乗っけられたパンケーキだった。
このパンケーキ、本当に大きなフライパンで作ったとおぼしき大きさで、甘いハチミツの代わりにウインナーが乗っけられて、その上からケチャップがかけられている。
「ほう~、これはなかなかにアメリカンな。美味しそう」
「ははは、誉めるな誉めるな~」
えへへ、と可愛らしく照れる望さん。そんな彼女の腕を振るった朝食を前に、手を合わせ、食前の挨拶。
「……いただきます」
軽視されがちだけど、「いただきます」はやはり大切だと思う。そんなことを片隅で考えつつ、目の前の馳走を口に運ぶ。
パンケーキの味は割と予想通りだった。ケチャップとウインナーでさながらホットドッグだ。添え物のマッシュポテトは────、
「ん、このマッシュポテト。もしかしてグレイビーソースでもかけた?」
「ん、そうだよ。よくわかったね?」
「昨日習ったんだよ。肉料理の残りでまかない作るときにちょっと」
朝の料理トークが弾む。目玉焼きの焼き方や余りものの調理法など、ぶっちゃけ十代半ばの会話っぽくないが、これはこれでなかなかに悪くない。
「いやぁ、共通の話題があるというのはいいねぇ」
「そうなの? 獣之助君とかとはしないんだ?」
「そうだね。というか、ウチのまわり、大概がメシマズ、というのが、ね」
そう少し濁すような口振りで、笑顔を浮かべつつもどこか遠い目をする望さん。……うん、普段からわりと明るい彼女でも、彼女なりに気苦労があるのだろう。
───しまった。メシマズで唐突に昨日の暗黒物質もといカレーを思い出してしまった。いかなるゲテモノ食いでも、アレを食い物と認識するのは作った本人以外は不可能なシロモノだ。
アレを思い返しただけで、少し臓腑が軋む気がする。すると、望さんは思い出したかのように、ぽん、と手を叩く。
「そういえば、さっき連絡があったんだ。君宛に」
「……誰から?」
一瞬、背筋がぞわりとした。今のメシマズから連想された、昨日の獅子王さんが見せた憤怒の表情が思い起こされ、冷や汗と入れ替わりに、さっきまで僅かに残っていた眠気が完全に吹っ飛んだ。
「ああ、奥村さんから。言ってたよ? 昨日寄越した小僧筋がいいからとっとと連れてこい、だって」
───それを聞いて心底安心し、吐息が大きく漏れた。目覚ましとしては少々物騒に過ぎる。あまり気に止めないようにしていたが、やはり怖いものは怖い。
「あの人、基本ストイックで気難しい所あるから、認められたってことはすごいことなんだよ?」
認めてもらえたかもしれない。その事実が、心の底から嬉しかった。普段あまり誉められた記憶が思い当たらないからか、余計にそう感じている。
薄々自覚していたが、どうも俺は所謂承認欲求、というやつが強いのかもしれない。テーブルに置かれた木のコップに注がれた水を呷ろうとして、浮かれきった自分の表情が水面に映るのを見れば、そう思えてならない。
「どうしたの、ニヤニヤしちゃって?」
「……いや、何でもないよ。んじゃあ、ご期待に応える為にも、今日も行きましょうか」
皿の上の料理を全部きれいに平らげて、「ごちそうさま」と食物に感謝を述べる。空になった皿もちゃんと片付けて、外への身支度を済ませる。
昨日と同じように、奥村さんのお店に向かおうとして家の戸に手を掛けた時に、背後から声を掛けられ振り返る。
「……忘れ物!」
そう言って投げ渡してきたのは、鳥の羽根で編まれたブレスレットだった。よく見ると、この羽根の色は望さんの髪と一体化した羽と同じものであると気がつく。
「……これは?」
「ボクのウチに伝わるお守り。羽根は毛繕いして余ったのを使ったんだ。」
お守り。確かに、独特な色合いの羽根のブレスレットは、どことなく魔除けとかに効果があるようにも見える。仮にプラシーボ効果だったとしても、その気持ちはすごくありがたい。
「ありがとうね! ついでに、いってきます!」
「はーい。行ってらっしゃい。お勤め頑張ってねー!」
互いに軽く手を振り合って、俺はお店へ行く。思えば、いってきますって言える相手がいるというのは、幸せなことなんだろうな。
そんな気持ちがふっと、泡のように湧いてきた。いつまでも、とは言わないけれど。このささやかな暮らしも悪くないと思えてきた。




