今も昔も
話し合いはひとまず置いておいて、望さんに付き合い、晩御飯の支度を手伝うことになった。最初は随分未来に来てしまったもんだと気を落としていたけど、食い物に関しては案外劇的な変化はないようで、自前の知識と経験でも普通にこなせるものだった。
「なんや自分、意外に手際良いなぁ」
厨房の外、食卓で頬杖着きながら犬っ鼻を鳴らし漂う香りで腹の虫の準備を整える獣之助君。なぜ彼は手伝わないのかというと───
「ああ、皮ごと抉られた野菜が悲惨なことに……」
「うるさいわ! ワシャ、そないな事は向かんのよ! それより腹へった! ごはんまだ!?」
───とまあ、こんなわけで見事戦力外通告を受けた訳である。それなのにさも亭主であるかのように急かす獣之助君に、溜め息混じりで望さんが苦言を挺する。
「イモの皮剥きもできないジュウくんはお風呂でも掃除しててくれる?」
俺の隣でてきぱきと手を回し、包丁代わりに髪の羽根で野菜を綺麗に両断する望さんに言われ、欠伸ひとつしてから席を立ち適当に返事をする。
「へーいへい。………カメラ仕込めるかのう?」
直後、羽の一枚が後ろを向きながら射出され、不届きな輩の山羊の角に浅く刺さる。ノールックで的確な威嚇射撃をかます望さんに、思わず「うおっ」という驚きの声がハモる。
「普通に沸かして? ボクらもすぐ作るから」
「………はい、すんません」
遠慮の無さすぎる一射への若干の怯えと、隠し撮りが封じられたことから本気で残念がる心持ちを兼ね備えた声で返事をし、獣之助君はすごすごとリビングを後にする。
そんな姿をに流し目に見つつ、大鍋の上で踊る食材たちへの注視を忘れず、全体に火が渡るよう時折混ぜていく。つい先刻カウンター越しに厨房に見て気がついたのだが、どうも火はガスで点いているらしく、その辺はわりかし現代と変わらなかったようだ。
「イロハくん、もしかして普段から作ってるの?」
自分以上に手早く調理を片付けていく望さんが訊いてくる。その手際に感心しつつ、問いに答える。
「まあ、ね。必要性があったから、という訳で」
「というと? ボク、昔の人は狩りとかするのはシュミの領分、って聞いてるけど?」
「や、マタギな訳じゃないよ俺は。お店で食材買って、ソレを調理する。今と変わらないよ」
「へぇ~、意外と代わり映えしないんだね、昔も今も」
いや、大分変わってると思うぞ。少なくとも生物を剪定するウィルスなんぞ聞いたことないし、ここまで世界は少年漫画で見た世紀末感はない。せいぜいモヒカンがいないくらいか。
「ん? じゃあ何でキミがごはん作ってるの? お母さんとかは?」
「………母さんとは、両親とちょっと離れて暮らしててね。俺の爺さんと一緒に住まわせてもらってるんだ。けど、飯に拘りが無さすぎて放っておいたら栄養片寄るモンばっか食べようとするから、結果的に俺が毎日作ってるんだ」
そう言いつつ、鍋の様子の監視と平行して隣の釜で炊かれる白米の様子も確認する。釜炊きは経験がなかったが、意外となんとかなっている。
「……へえ、またお爺さんの話しだ」
ふと、そんなことを意味ありげな言い方をする望さん。
「そんなに話してるのか? あまり自覚ないが」
「してる。すごく。ホントに大事なんだね、お爺さん」
「………うん。自分の中で、いちばん家族って感じがするから」
いちばん家族、か。まるで家族が平等な扱いじゃないみたいな物言いになってしまっている。これを聞いた望さんは少しだけ眉が動いたように見えてから、もうひとつ訊いてくる。
「おじいちゃんはともかく、キミの両親とは合わないの?」
「………たまには会うよ」
───ウソだ。実のところ、あれから年に一度会うかどうかというレベルだ。気まずいというより、俺は怖いんだろう。
「知ったような口利くけど、それでも会ったほうがいいよ。死んだら、もう会えないから」
「……死んだら、か」
彼女の言葉に鸚鵡返しで答える。両親をある種、憎んでいるとも言える。自分を失敗作としか見ていなかった彼らを。愛情を注いでくれなかった彼らを。
「そういう、ものか?」
「そりゃそうだよ。ボクだって、おばあちゃんが寿命来たとき、悲しかったモン。縁が、心が繋がってても、悲しいものは悲しいよ」
───お魚が焼ける匂いがする。今日の内に獲ったのを捌いたモノらしい。こいつも数時間前にはまだ生きていたんだな、とふいに感傷的な思いにふける。
「───そうだね。今も昔も、死んだらもう会えないよな」
焼けた魚を裏返しながら、そう答える。それを聞いた彼女は、まるで鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔を浮かべる。
「……なんだ、その、変な顔は?」
「や、ごめんね。前に似たような事言った時、すごく嫌そうな顔をしたから」
「───その節は、本当に申し訳なかった」
「……ボクだって盛大にキミの琴線に触れたから、悪いのはお互い様だよ。ごめん」
お互いに手を止めて、頭を軽く下げて、過去の行いに謝罪をする。
「……よし、これでおしまい! 今から負い目は一切なし! これからはフラットにフレンドリーに、よろしく!」
にぱーっ、といった満面、満天の笑顔をする望さんを見ると、胸の内から何か、暖かいモノが染み渡っていくように思えた。そして、彼女に聞こえないように、そっと呟く。
「ほんと、そんな風にさっぱりしてるの、羨ましいな」
確執はある。顔を見るのも怖い。期待に応えられなかった負い目もある。ただ、こうして何もかもが様変わりした世界を見て、少しだけソレが薄らいだようにも感じる。変な拘りが、バカらしく思えてきた。
もしここから現代に帰れたのなら、両親に一度会いに行っても良いかもしれない。多分、辛いことが大きくなりそうだけど、前はこんな風に思うこともなかったろうから。
「ジュウくーん、お風呂掃除終わった~?」
「うっせーい! もうちょい待たんかーい!」
風呂場の奥から、やや疲れた様子の返事が飛んだ。それを聞いていて、気づかれないように、ふふっ、と笑った。




