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世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
この世界の営みに目を向けよう
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反省会再び

「馬鹿」

「このアホなにしとんねん」


 この言われようである。怒っているのではない、虚空でも見つめているかのような生気のない目で、吐き捨てるように言い放ったのである。


 空が見えない地下街だから陽の傾き具合はわからないが、時計を見るに時刻は夕方、俺を含めた三人は食卓を囲むなか、昼間にあったことを話していた。


 そして、例の獅子王さんの一件をつまびらかに説明すれば、ふたりはこのなんとも言えない、怒りとも呆れとも取れる曖昧な表情で若干の俯き加減になる。


「いや、ボクもビックリしたよ。昼間に買い物してたら、何をトチ狂ったのかモンジュが街中をビューンって勢いで走り回ってたんだから」

「んでお月さんが昇るまで全力で街を疾走、挙げ句地上の何処かに消えたんやと。あのアホがやらかすんはいつものことやけど、流石に何事かと思うわ」


 望さんと獣之助君は同時に溜め息を深く深く吐く。とても食卓を囲っているとは思えない、頭を抱えるふたりに俺もなんだか昼間以上に申し訳なく思えてくる。


「ごめん。なんか、色々と」

「いいよ。キミは悪くない。キミがいなきゃ、大惨事だったんでしょ?」


 無言で首肯く。方法は色々と問題はあったかもしれないが、抜き差しならぬ状況だったことに関しては本当だった。自己擁護のつもりじゃないが、その場をなんとか収めるのに必死だったのだ。


「んまあ、確かにあのアホは口が弱点やさかい。ちょいと歯ブラシでも突っ込まれようもんなら、ふにゃふにゃにのうて、ただの大人しい猫にのうなる」

「そう、なのか。そこまで弱いとは知らなかった」

「せやかて! チューっておまっ、やっぱアホなんちゃうか!?」


 テーブルから身を乗り出してこちらの顔を凝視する獣之助君。確かに、あの時の俺はトチ狂っていたかもしれない。昔の英国辺りだったら即刑務所行きの蛮行だ。


「……そうだよな。いくら相手がはた迷惑な真似をしたとはいえ、乙女の唇を無理矢理奪うのはよく───」

「自分なぁ、あんなんに欲情したら次の日死にとうなるで?」


 ───俯いていた頭に、氷を目一杯入れた冷や水をぶっかけられた気分だった。呆気に取られた俺をよそに、獣之助君のトークは恙無く進む。


「いやわかるで。アレはアホや。真性のドアホや。なんであないなリッパなオカンから、あないアーパーな頭のせがれが産まれるんか不思議でしゃーないわ。突然変異体やぞアレ」


 言われたい放題である。微妙に恨み節が混じって聞こえるのは気のせいか。彼女の名誉のために否定してやりたい、しかし悔しいかな俺には弁護が出来そうにない。


「しかして、あのないすなぼでーは抗い難とう魔力がある。前にも言うたけど、身体だけの関係にしとけ。マジで。ダッチなワイフ程度にしとけホンマに」


 ………なんか色々と最低な言葉が飛んできた。しかし獣之助君が彼女、獅子王さんのことを警戒して俺の身を案じてくれることはひしひしと伝わってきている。


「…うん。俺も今日の一件で獅子王さんが如何に危ういか、あらためて身に染みたよ。」


 奥村さんが言っていたことを思い出す。鷹がトンビを産んだ。そんなこと、信じたくはないから行動したつもりだった。けれど、自分の行動が原因で奥村さんに害があったとなれば、気に病まざるを得ない。


 そんな俯き加減の気持ちに渇が入るかのように、ぱんっ! という手拍子の音が響く。音の発生源である望さんは一呼吸すると、大きく「いただきます」と一言。


「……うん、色々とあるけど、まずはそこの飯を平らげてからにしよう」


 そう言って食卓のほうを指す望さん。人間、悩んでいても腹は減ってしまうもので、この話は一旦棚上げして目の前の馳走にありつくのを優先することとした。


「…そうだね。うちの爺さんも言ってたよ。鉄は熱いうちに打て。メシは熱いうち食え。ってさ」

「ほーん、偶然やな。ワシらんとこにも、昔から同じような格言残っとるで?」

「ホント? もしかして、ここに爺さんも来ていた、のかな?」


 そういう訳で、他愛ない会話を交えつつ食事を楽しむ。今日の晩餐はイタリア風だ。目の前に置かれた料理のうち、そのすべてにトマトが用いられていて、実に色鮮やかだ。


 何分今日はとんでもない料理で意識を飛ばされ、ピリピリとした場面を切り抜けた。そのせいか、こういった普通に食卓を囲み、とりとめのない会話を交わせるのが、とても幸せなことなのだと思えるのだ。…我ながら年寄りみたいだ。


 因みに、何でトマトなのかというと、今日俺が奥村さんの手伝いをしている裏でトマトの大安売りをしていて、それを望さんが見事大量に買い占めたから、というのだった。


 フォークでくるくると巻いて口に運ぶのはニンニクの入ったパスタ。名前は『プッタネスカ』といい、その意味は娼婦風、といって結構古い歴史があるとかないとか、と獣之助君がここぞとばかりに蘊蓄(うんちく)を垂れる。


 前菜としてトマトとモッツァレラチーズのカプレーゼ。ドレッシングは望さん特製で、チーズはこことは違う地下の街から熟成されたモノを店が仕入れたらしく、こう荒廃しているように見えて経済がしっかり回っていることを今更ながら思い知った。


 三人で丁寧に取り分けて分けて食べる大皿の料理は、タコのトマトソース煮だ。奥村さんが助けた礼としてタコ料理の作り方を教えてくれて、材料のタコもバイトの費用代わりに譲り受けた。


 ちなみに当の本人としては、共食いにあたるから滅多に作りたくはないし、メニューにも載せていないとのこと。それだけ信を置いてくれたのだ、と少しだけ嬉しくなった。


 そんなわけで、飢えた十代の食欲の前に、皿の上はみるみるうちに蹂躙され、あっという間に平らげられた。今日は特にエネルギーを消耗したからか、普段の倍は夕餉を胃に収めた気がする。

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