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世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
この世界の営みに目を向けよう
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できること、正しいこと

「──こんの」

「こんの?」

「──こんのぉ、下劣で、不敬で、愚民の、婆風情がァァ!!!!」


 パチッ、と毛が逆立ち火花が散ったと思った次の瞬間には、奥村さんを組伏せてマウントを取っていた。そして肺からブレスを吐くように、今にも炎を吐こうとする。


 これは非常に危ない流れだ。今、獅子王さんは完全に頭に血が上ってる。こんなとこで見境なく暴れて炎を撒き散らされたら大惨事だ。まだ動きの鈍い身体を無理矢理動かして、二人の間に割って入ろうと駆け出す。


 そして、そして……どうする? すでに爆発寸前の爆弾の前に、手ぶらでノコノコ来てしまった気分だ。こんな月並みな正義感で行動したところで、出来ることはたかが知れている。


 しかし、何かしなくては。決めたはずだろう。何かできることをしなくては。その為に考えろ。考えて、考えて、最善を導き出せ。


 発火点はもうすぐ。だがどうやって止める。獅子王さんは今にも炎を出しそうだ。何処から? 口からだ。さながらファンタジーのドラゴンのように。


 殴って止める? いや、無理だ。俺はそんなに腕力がある訳じゃない。それに今自分は駆け出している。椅子でもひっ掴んで、というのも厳しい。


 それに、獅子王さんはアレでも野生の獣の因子が入っている。攻撃の意思を見せたら、俺ごとき片手間に反撃を食らって退場してしまうのが関の山だ。────どうすればいい!?


 敵意なく、口を塞ぎ、熱しきった彼女の怒気を冷ます。やることが多すぎる、なんて文句のひとつも言いたくはなる。


 何とかまとめて始末つけられないのかと苦策していると、駆け出す刹那の内に、自らの脳裏に天啓のごとく過去の記憶が提示された。


『他人にブラッシングされるの、露骨に嫌がるの。歯ブラシ嫌い、かなアレ』


──閃いておいてなんだが、これは駄目だろう。その証拠に、僅か一秒と経たぬ間に行われた脳内会議で、ざっと百はある決行を否認する理由が提出された。悪くはないが、自分にとっても獅子王さんにとっても良くないことではないか?


 しかし、躊躇えば確実に被害が出る。少なくとも奥村さんは無事で済むとは到底思えない。あの、最初に彼女と出会ったときの、炭と化した『タタリ憑き』の末路を思い出して、背筋が凍る。


…ちっくしょう、と内心愚痴を漏らす。もうヤケだ。どうにでもなれ。成せばなる。目の前で悲惨なたこ焼きができるくらいなら、くれてやる。迷うな、後悔なら後にしろ。


「……! お宅、何を──!?」


 マウントを取っている獅子王さんに、正面から詰め寄り、サッカーのダイビングベッドの要領で突っ込む。


 当然、敵意と怒気をごちゃ混ぜにしたような顔が出迎える。全身が恐怖で縮み上がりそうになるのを必死に堪え、彼女に両腕を伸ばす。


 一瞬、驚いたのと注意が散り動きが鈍ったのが幸いした。奥村さんが八本の蛸足で獅子王さんを引き剥がす。しかし、今にも吹き出しそうな炎はそのままだった。


 止めるにはどうするか。やるしかない。ここまで来たんだ。腹を括れ。体勢が崩れている今しかない。これを躊躇えば次に待つのは火の海への飛び込みだ。


 伸ばした腕を、彼女の首の後ろに回す。これでもう頭部は逃げられない。後は──塞ぐだけだ。


「──────っつ!!?」


 できることなら、本当にやりたくなかった。こんなのが最初とか、ふざけてるにも程がある。もっと良い方法があったかもしれない。


 けれど、そうならなかった。だから、いい。くれてやる。遠慮なく。持っていけ。これで丸く収まるなら。


「んんー! んんぁんー!!」


 炎沸き立つ中へ侵攻する。流石に入った直後は相当熱かった。それこそ炭を食べてるかと思うくらいに。不幸中の幸いは、火傷しそうなくらい熱いおかげで、先程彼女が食べた例のクソまずい肉料理の味はしなかったことだ。


「………ぷはぁっ!」


──レモンの味は、するわけがなかった。自分でもびっくりするほど淡白な感想だ。高揚する気も湧いてこない。ひどい男だと自嘲している。


「………あ、ああ、ああああああ!!!」


──獅子王さんの顔は真っ赤だった。活火山を彷彿とさせる顔の彼女は、おもいっきり俺を突き飛ばすと、金魚みたく口をぱくぱくとさせながら、ぐるぐると焦点の合わない目線で後退りはじめる。


「あ、ああ、あなひゃ! なな、ひま、なにをひはの!?」


 獅子王さんはまるで酒でもかっ食らったように呂律が回っていない。さっきまでの憤怒は何処かへ吹っ飛び、すっかり腰くだけになって、相当動揺した様子で逃げるように店の戸をぶっ壊しながら去っていった。


 それを見届けると、すっかり緊張の糸が切れてしまい、どっと疲れがのし掛かって立てなくなる。そんな様の俺に肩を貸しつつも、奥村さんは言葉に詰まった様子であり、こちらが先んじて言う。


「無事で、よかったです」

「……そ、そうだね、助かったよ。でもお宅、とんでもないことしたねぇ」

「………はい、我ながら無茶苦茶なことしてるって、自覚はあります」


──やむを得なかった、やむを得ない事態だった。そんな理論武装で納得させようとする自分を省みて、沸々と自己嫌悪が内心満ち満ちてくる。


…本当に滅茶苦茶な上、最低だ、俺。

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