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世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
この世界の営みに目を向けよう
52/68

誰のための

「お宅、それはいったいどういう意味だい?」


奥村さんが食って掛かる。声色に怒りが混じっているのがわかる。あの人にとって絶対に譲れない部分に触れた、そういった感じがする。


「?? いえ、この私が作る高貴な味付けをとっくりと堪能してもらおうと思ったのですが。やはり庶民には合いませんでしたか。」


…そんな店主の怒気に気付いているのかいないのか、獅子王さんは小首を傾げて可愛らしく言い放つ。それが余計に此方側の神経を逆撫でしている。


「……お宅、なんだいそりゃ? そいつはまるで、自分の作った料理が悪いんじゃなくて、口に合わんほうが悪いみたいに聞こえるんだが?」


……さっきよりいっそう声に感情が籠っている。それを表すかのように、蛸足が怒髪天を突くように逆立っている。聞いているこっちが震えてきそうなくらい、静かだが濃密な怒りだ。


「私は一生懸命に作りましたわ。この私が、ですわよ? ならばそれを食す側には、美味しく食べていただく義務があるのではなくて?」

「……ハァ?」


…が、そんなの知ったことかと言わんばかりに、獅子王さんは自らの持論をぶちまける。義務? 義務と言ったか彼女は?


「そうですわ。高貴な身の私の作りし料理を口にできるなんて、まずあり得ないこと。それをタダで機会を貰うなど、光栄の極みではなくて?」


───瞬間、空気が凍てつく。この発言に、隣から発せられる肌が粟立つほどの気配に、一瞬だけ立ち眩みがした。温度の低い炎が、ちりちりと燃えているように、怒りに心を焦がして、奥村さんが一言。


「……料理を舐めるな、小娘」


冷たい鋼の刃ような、鋭く、それでいて静かな怒りが乗った一言だった。一度焼け付いた怒気は生中なことでは冷めない。


「料理っちゅうモノはな、相手の為を思って作るもんよ。相手に美味しく食べてもらおうと努力して、ね」

「な、失敬なっ。私はちゃんと思って作っておりましたわ!」

「いや、違うねぇ。他人を思って作れるなら、こんなにクソまずいもの作って相手が喜ぶと思うかい?」

「はぁ? それは貴女の味覚がオカシイのではなくて? 貴女みたいな民衆にはわからないお味でしてよ!」


……何かが、返事を聞いた奥村さんの何か決定的なものが切れた、そんな気がした。踏んではいけない地雷を、さながらツイスターゲーム感覚で次々に踏み入れていく彼女へ、完全に爆発した。


「──なにも、なんにもわかっちゃいない。お嬢様よ。お宅のはただの勘違いよ。『自分の好きは他人も同じ』っていうね。他人の、相手の為なんて、ひとっ欠片も思っちゃあいないね!」

「ふ、ふざけるのも大概になさい! 私がそんな狭窄なわけが───」

「そうでなきゃ出ねぇ言葉だろうさ!『貴女の味覚がオカシイ』なんてな! 結局てめぇしか見えてねぇのさお宅は!」

「なっ、違います! 私は───!」


その先の言葉など分かりきってる、と言わんばかりに言葉の刃を振りかぶられる。その鋭い剣幕は、衝突を止めようとする意思すら容赦なく切り刻んでいく。


「自分は一番正しい? 自分とは違うことを言うやつは悪い? 思い上がるのもいい加減にしな! お宅がいつまで経ってもケツの青いガキのままだから、蓮花が子離れできないのがわかんないのかい!?」

「───なんですって!? もう一度言ってみなさい愚民!!」

「何度でも言ってやらぁな! 獅子王文殊はクソガキさ! 自分のケツも満足に拭けねえガキが、一丁前に花嫁修行の真似事かい!? ままごとなら他所でやりな!!」


まずい。あまりにもヒートアップし過ぎてる。これ以上熱しすぎると、後で何が起こるかわかったもんじゃない。肝っ玉に活を入れて、なんとか割って入る。


「奥村さん! もうその辺に───」

「お宅は黙ってな! いい機会だからハッキリと言ってやらあ! 言われなきゃ頭のひとつも下げられん小娘に代わって、親御さんがいくらあたしらに頭下げてると思ってる!?」

「!? 愚民、貴女何を……」


その指摘に、いたく動揺を露にする獅子王さん。意外な、それこそ盲点を突かれたような顔だ。それを見れば、奥村さんの声色に嘲笑が混ざる。


「お宅、まさか知らなかったのかい? 毎日毎日、昨日だって迷惑かけた色んな所に頭下げてるんだよ、他でもない獅子王の娘さんがご迷惑をお掛けしましたってねぇ。その後ろ姿がどれだけなもんか、お宅にわかるかい!?」

「そ、それは────!」


動揺をより強め、先程の自信たっぷりの姿から離れつつある獅子王さんとは対照的に、奥村さんの振るう冷たく燃える言葉の刃が、いっそう鋭さを増すようだった。


「わかるわけないよなァ! わからないから同じような事を延々と繰り返すんだよ! 何が高貴な者だ、獅子王の後継者だ、思い上がるな馬鹿! 自分のケツを他人に拭いてもらってる童が偉そうなことを抜かすな! この不貞娘が!!」


───周囲の温度が上がる。パチッパチッ、と火花が弾ける音がする。俺の脳裏を過るのは、怒り狂い猛追する凶悪な獣の姿。


まずい。これは、まずい……! なんとかして止めなくてはいけない! 逆立つ黄金の髪が、まるで燃え盛る業火を彷彿とさせる。


わかってはいるが、これはどちらかと言えば彼女の方に非がある。だからこの炎は、ただの逆ギレだ。だが、そんな子供のような怒りでも、目の前のヒトを燃やすには十分すぎる。


空気が火にくべられ、微かに息苦しさが生じる。どうする、どうすればこの火を消せる? 思考を走らせても、適切な答えを導き出す前に、金色の炎が臨界を迎えようとしていた。

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