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世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
未来は灰と深緑に彩られる
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たどり着いたそこは

一瞬だった。気がつくと、真っ黒な世界が霧散して、代わりに別の空間が広がっていた。


「…なんだったんだ今のは?」


身体中を自分の手で異常がないか探る。──大丈夫、手足も2本ずつ生えてるようで指も5本ずつ全部に欠損はない。


ついでにいま搭乗しているコンドルくんにも目を配るが、素人目から判断させてもらえば外見に損傷らしいものは確認できない。爺さんは理論上はパーフェクトと申していたが、どうやら本当とみてよさそうだ。


外見上の異変がないと判断したところで、改めて周囲を見回す。そして俺は、思わず目を疑った。


「…未来に来た、んだよな…?」


そう呟かざるを得ないと感じるほど、ここが2999年の未来とは考えにくい情景が広がっていた。


…実のところ、俺は未来と聞いてどんな世界かと想像していたのは、現代からじゃとてもあり得ないレベルに科学技術が発展したっていう、SFにありがちの世界といったところだ。


だけど、いま俺の視界に広がる世界はそれとは全く異なっているのだ。


「なんだよここは…まるで樹海じゃないか…」


そう形容するに相応しい、分厚く深い緑の巨木が群れをなし一帯を覆い尽くしている。先程垣間見たのが黒い絵の具一色なら、こちらは深い緑色一色で重ね塗りしたといったところだ。


その時、ふいに嫌な予感が頭をよぎる。そう考えると、冷や汗が一筋頬を伝う。


「!まさかと思うが、ここは、未来じゃなくて凄い昔の地球というオチか…?」


俺はコンドルくんの計器に目をやる。燃料を表すところはまだ時計でいう3時の辺りを指している。多分まだ燃料に余裕はある…のかな? 時代のほうの目盛りの方も、ちゃんと2999年とデジタル文字で表示している。こいつがぶっ壊れてはいないと仮定するなら、本当にここが2999年ということになる。


──しかし、残念ながら確証はない。自分で言うのもなんだが俺はただの15歳の小僧だ。爺さんのように特別科学やそれに準ずる技術や知識は持ちあわせていない。だからこのタイムマシンはおろか、バイク部分の点検すら危うい。実際こいつが命綱みたいなものなのに、何か不調があるかどうかすらわからない。


「…いや、悩むのは後だ。もう1回試せばわかることだ」


俺はとりあえず、ここにやって来たのと同じ動作をやる。まず年代を2999年から、現代の2020年にセットする。次に右の青いスイッチを押す。そしてエンジンオン。バイク特有の振動が乗っている俺に伝わる。で、最後にアクセル…右の足のペダルを踏み込む。


「うわっ…ととっ。あれっ?」


前進を始めたコンドルくんに驚き、慌ててブレーキをかける。──おかしい。来るときのような、蒼白い光に包み込まれる感触がない。


念のために青いスイッチをもう一度押して、再びアクセル。…が、


「っとととと、まだ前進するだけ…?」


またしても普通のバイクと同じ反応を返すコンドルくん。まさかと思うが、時間跳躍の際にシステムに予想外の負荷がかかったのか?


だとすれば由々しき事態だ。俺にはこいつの修理なんて不可能だ。それどころかこんなによくわからない機構などド素人が下手に弄ればぶっ壊しかねない。


「…クソっ、どうすりゃいい?俺一人じゃ手詰まりだ。俺一人じゃ…」


一人…?そのワードに、微かな疑問が浮かぶ。


「そうだよ、この世界に俺一人なんてまだ決まった訳じゃない。もしかすると他に人間が、こいつを修理出来る人がいるかもしれない…!」


何の確証もない。けど何かしらの希望があると考えれば少しは気が楽になる。まあ、コミュニケーションがとれるかどうかみたいな懸念はあるけど。俺はひとまず前を向き、バイクを引き歩く。


それから体感的に3分も経たないうちにぽたり、と滝のように吹き出た汗が額や頬を伝い落ちる。この緑に塗り込められた空間の大気は実に蒸し暑い。以前子供のころ、熱帯植物園に足を運ぶ経験があったが、あれの数倍は暑い。身体の水分が持っていかれる感覚と熱に脳がやられていく実感に苛立ちが込み上げる。


「はあっ…はあっ、クソっ、邪魔だこんなもん…!」


俺は被っていたヘルメットを勢いよく脱ぎ去り、顔中をベタベタにコーティングする汗を利き手で拭う。──ふいに、その拭った手のひらを見ると、それは、赤色が滲んでいた。


「っつ‼なんだこれ…⁉」


──嫌な予感がする。その想像をした途端、さっきまで熱を帯びていた背中が急激に冷たくなるのがわかる。


…また、俺の顔から滴り落ちるのがある。そいつはひどく赤々としていて、鉄の臭いがする。俺は反射的に自分の顔を探るように指をなぞらせる。


「鼻血…?何で急に…」


指にはべっとりと自分の血がこびりついていた。俺はその理由を探ろうと思案しようとする。だが、熱によってその機能を急激に鈍らせられる。


それとほぼ同時に、あたかも世界がひっくり返るかのような強烈なめまいが襲いかかる。


「え…あ、う」


声とも言えない声が漏れる。これは、外の熱気だけじゃない。自分自身から発生している。理屈じゃないけど、そうわかる。


「あ、ぁ、やば─」


俺の身体は、バイクから崩れ落ちる。そう感じる。


…気持ち悪い。気持ち悪過ぎる。吐き気すら催してきた。…ダメだ、何も考えらんねえ。脳ミソがズキズキと悲鳴を上げる。視界もぼやけてきた。


「ぉれ、死ぬのがなぁ…?」


歯切れの悪い声が零れる。目の前が黒いもやに包まれていくなか、何かがはらり、と落ちる。…よくは見えないが、蘇芳色の美しい羽のようだ。


──それっきり、何も見えない真っ暗闇が目の前を覆い尽くす。

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