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世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
この世界の営みに目を向けよう
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何でも、とは言わない

「つまり、御礼参り…ということ?」

「That's right! その通りですわ! お礼に参ったのですわ!!」


おそらく、この言葉に偽りはない。少なくとも、この明るく輝くお日さまのようなキラキラした表情をしたヒトが、自分を謀る気のあるとは到底思えないくらいには、顔に裏表がない。


それとは対照的に、先程電子タバコをへし折りかけるほど怪訝な顔をしていた奥村店主は、随分と呆気にとられていた。心の底から信じられないといった様子で、ひっそりと訊いてくる。


「おい、イロハ坊。お宅、奴さんになにしでかした?」

「すんません、実はかくかくしかじかで………」


昨日のことを簡潔に答える。正直のところ、彼女の手のひら返しっぷりには、にわかに信じがたいという気持ちは分かる。事実、これを聞いた店主は、


「マジか」


真顔だった。驚きのあまりタバコを床に落としたことに気付くのに数秒を要した。それくらい動揺が見てとれる。俺より確実に獅子王さんとの付き合いが長い奥村店主なら尚更だ。


真夏に雪でも降ったかのような、狸か狐あたりに化かされたような、到底信じがたい事実に直面したという心持ちが嫌でも分かる。


「……え、あの謝罪は最大の屈辱と公言してる、あの女が?」


よっぽど信用がないのだろうか、訝しい表情がいっそう強まる店主をよそに、胸を張り、仁王立ちで声もいっそう張る。


「私に二言はありません! 要望があれば、何でも言ってくださいまし!」

「ん? お宅今なんでもって言ったかい?」

「………ハッ、危ない所でしたわ! そういうのはなしでお願いしますわ! どこぞのブサイクスケベ犬面が聞いたら何て言うか!」


なんかどこかでくしゃみが聞こえた気がするが、無視する。しかし、そういうの別に結構なんだけどな。こう、厚かましい程に「何でも言ってくれ」とされると、逆に困るというか。


うーん。困った。感謝されて嫌なわけではないのだけれど。なんというか、昨日二人との話がどうにも引っ掛かっている。


彼女、獅子王文殊は何か大事な部分が致命的にずれている。大砲の向ける方向が明後日の方向、というかなんというか。あまり安易に触れると火傷しそうというか。


「さあ! さあ!! さあ!!!」

「………お任せ、でいいかな?」


我ながら逃げの一手だとは思うが、思い付かないもんは仕方ない。獅子王さんはというと、こっちの適当な返しに真剣に悩んだ末、ひらめきと共にぽんと手を叩く。


「そうですわ! 貴方が今している仕事をお手伝いしますわ!」

「あ、そういうのいいんで」

「なぜですの!?」


お任せと言ってすぐにこれですまないとは思うが、これは自分で選んだことだ。自分でやらなくては意味がない。何より、奥村さんの期待を裏切りたくはない。


「え、じゃあ私は何を……?」


また頭を捻り出す。すると、ぐぅう、と俺のお腹が鳴る。せっかくのお昼時、いいタイミングだ。ちょうどここは御飯処だ。


「じゃあ、お任せは撤回。お昼ご飯をお願いしたいかな?」

「………!! なるほど、愛妻料理をご所望で!?」

「おいイロハ坊、お宅いつこんなバカを嫁にした?」

「俺はまだ十五なので結婚は無理ですよ」


さらっとバカ呼ばわりされたのも聞こえてなかったのか、そうと決まればといわんばかりにお店の厨房に駆け込む。


「おいこら! 勝手に厨房入んな! 後ちゃんと清潔保て獣!」

「やかましいですわ! 今集中したいのです! しばらく入ってこないでください!!」


ドン、と出入口の扉の厨房を閉じきり、完全に籠城されてしまった。「借ります」くらい言ってもよかったのではないか。


「あああ、あたしの厨房がぁああ」


占拠された店主は気が気じゃない、って様子である。せめて少しでも落ち着こうとタバコを吹かして精神の平静を保とうとするも、長くは続かなかった。


「…………!? なんだこれ、爆発音!?」


なぜ爆発音が? そしてその後は何か回転する音だ。なんだっけ、ホラー映画とかに聞く、そうだ、チェーンソーか何かの音だ。


「………だ、大丈夫なのか?」


───言い出しっぺの俺が言うのもなんだが、本当に大丈夫か? 頼むから厨房が無事であることを切に願う。

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